濃艶のうえん)” の例文
旧字:濃艷
白娘子が濃艶のうえんな顔をして出て来た。許宣はなんだかもう路傍の人ではないような気がしていたが、その一方では非常にきまりがわるかった。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
奥方とはいうけれども、そこに処女おとめのような可憐なところが残っていました。その可憐な中には迷わしいような濃艶のうえんな色香が萌え立っていました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その一軒の大仕立屋におしゅんさんという美しい娘がいて、上方風の「油屋お染」のような濃艶のうえんなおつくりしていた。
春雨は他の気候の雨にくらべて一番濃艶のうえんな感じのするものでありますが、同時に濃艶な妖怪味を有しております。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
年は四十になるし、縹緻きりょうもよくはないが、表情の多い眼つきや、やわらかな身ごなしなどで、ふと濃艶のうえんなまめかしさをあらわす若さと、賢さをもっていた。
障子しょうじ欄間らんま床柱とこばしらなどは黒塗くろぬりり、またえん欄干てすりひさし、その造作ぞうさくの一丹塗にぬり、とった具合ぐあいに、とてもその色彩いろどり複雑ふくざつで、そして濃艶のうえんなのでございます。
しかし北の海の荒い陰鬱いんうつさの美しい自然の霊をけて来た彼女の濃艶のうえんな肉体を流れているものは、いつも新しい情熱の血と生活への絶えざるあこがれであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかしまたあの渚での濃艶のうえんな姿態が眼に浮かんできて、出てみたい誘惑にかられます。あのうつくしい姿はわたしの網膜にこびりついてしまってはなれません。
人魚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
人間の瞳をあざむき、電燈の光を欺いて、濃艶のうえんな脂粉とちりめんの衣装の下に自分を潜ませながら、「秘密」のとばりを一枚隔てて眺める為めに、恐らく平凡な現実が
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
お由は国太郎の胸を肩で小突こづいて、二人の時だけに見せる淫蕩いんとうな笑いを顔一杯に浮べていた。その濃艶のうえんな表情が、まだはっきりと国太郎の眼に残っているのに——
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
裏通りの方ではまた、どこか近くの料理屋に宴会でもあって、それへ招かれでもしたのか濃艶のうえんにおめかしした芸者衆が幾人も幾人も自動車で運ばれて通っていた。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
桜吹雪さくらふぶきのような濃艶のうえんさはないが、もみ散らされる梅の点々が、白く、チラチラと、人の姿を追っている。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
君の、空中飛行、水中潜行の夢の話は、その中にむせっぽいほどに濃艶のうえんなる雰囲気を包有している。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
華美な身装、濃艶のうえんな縹緻、それからすと良家の娘で、令嬢と云ってもよい程であったが、その大胆な行動や、物にじない振舞から見れば素人娘とは受け取れない。
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
抱一ほういつの画、濃艶のうえん愛すべしといへども、俳句に至つては拙劣せつれつ見るに堪へず。その濃艶なる画にその拙劣なる句のさんあるに至つては金殿に反古ほご張りの障子を見るが如く釣り合はぬ事甚だし。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
息づまらんばかりの濃艶のうえんな香りをたたへた、五彩の光焔世界を現出させてゐた。
鸚鵡:『白鳳』第二部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
が、日が過ぎるにつれて、優しくて濃艶のうえんな姉もいいけれど……もちろんたまらなく魅惑的ですけれど、勝気で気品の高い妹の眸鼻めはな立ちの清らかさにも、たとえようなく心がかれてくるのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
「木村舞踊団なんかよりよほど濃艶のうえんだ。」
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
今まで微白ほのじろいように見えていた花はあざやか真紅しんくの色に染まっていた。彼は驚いて女の顔を見た。女の濃艶のうえん長目ながめな顔が浮きあがったようになっていた。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「学校でね、跡見玉枝あとみぎょくし先生が、あたしの絵のことをね、あんまり濃艶のうえんすぎるっておっしゃるのよ。それだけなら好いけれど、ベタベタしているって言うんですもの——」
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そこでしぜんみつ枝嬢のとりこになる順序なのだが、……彼に対するみつ枝の関心、ないしその挙措きょそ言動はいよいよ親密になり、ときにはなは濃艶のうえんを呈するようになった。
百足ちがい (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
さびしい紫や白の房の長く垂れている藤の花の趣は春季の感じ、濃艶のうえんな花弁を豁然かつぜんと開いている牡丹の花の趣は夏季の感じとこうおのずから区分されるのでありまして、必ずしも某々二
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
その説にもあるように俳諧に現われている恋は濃艶のうえん痛切であってもその底にあるものは恋のあわれであり、さびしおりである。すなわち恋の風雅であり、風雅の一相としての恋愛であり性欲である。
俳諧の本質的概論 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
関の山の月見草の崖に、うっとりと寝転んでいた時のお綱も凄艶せいえんにみえたが、緋の友禅に寝顔をつけて、埋火うずみびのほてりに上気している今のお綱は、お十夜の眼を眩惑げんわくするにありあまる濃艶のうえんさである。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
春風の濃艶のうえんで赤や青やくさぐさの色を連想するのと反対に、秋風は白々として何の色もない感じがする、そこから同じ弓でも中で色も飾りもない白木の弓を取り出してきたのであります。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
牡丹ぼたんの花の咲いたような濃艶のうえんな女の姿が省三の眼前めのまえにあった。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)