潜戸くぐりど)” の例文
旧字:潛戸
潜戸くぐりどから首だけ出した。誰も居ない深夜の大久保の裏通りを見まわした。今一度、黒い煙突の影を振返ると急ぎ足で横町にれた。
けむりを吐かぬ煙突 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
こう云い捨てて歩き出し、少し行って振り返って見ると、伊丹屋の表の潜戸くぐりどがあき、そこから内へ入って行く美しいお錦の姿が見えた。
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
番小屋はあるが、灯もれてはいず、人の声もしない。おそらく寝ているのであろう。だが、門の潜戸くぐりどには錠がおりていた。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
れから私はその前日、三百五十五両の金をそろえて風呂敷に包んで、翌早朝新銭座の木村の屋敷にいって見ると、門がしまっ潜戸くぐりどまで鎖してある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
流石さすがの子供たちも「あゝ」とか「うん」とかなま返事しながらせ去る足音がした。やつと私は潜戸くぐりどを開けて表へ出てみた。
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
物見台から同じ梯子を降りると、平次の入った戸へ入らずに、小さい庭を横切って黒板塀の潜戸くぐりどを押すと、パッと外へ——
岸本は格子戸の内からぐ玄関先へ上らないで、繁と一緒に潜戸くぐりどから庭の方へ抜けた。庭から長火鉢ながひばちのある部屋を通して奥の方までも見透される。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
もう寝たのかしらんと危ぶみながら、潜戸くぐりどに手を掛けると無造作に明く。戸は無造作にあいたが、這入はいる足は重い。
浜菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
横手の潜戸くぐりどが開いて、おせいというこの湯屋の女が顔を出して、友田さんがお見えになりました、と告げた。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
月のない坂を上って、瓦斯灯ガスとうに照らされた砂利を鳴らしながら潜戸くぐりどを開けた時、彼は今夜ここで安井に落ち合うような万一はまず起らないだろうと度胸をえた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「だから、お母さん、家で飼はうよ。」と云つてゐると、家の潜戸くぐりどが、がら/\とあく音がしました。
身代り (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
奥の燈火あかりは消え、物音も止み、墓場のような闇が屋の棟に降りている。……その間、市十郎はそわそわして、潜戸くぐりどの内を覗いたり、外を見廻したり、ついにはいたたまれずに
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
入口はその格子の一部分で、そこに鉄製の潜戸くぐりどがあって、それには赤錆あかさびのした大きな鉄の錠が、いかにもおごそかに、さもさも何か「重大事件」といったように重たく横たえられてある。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
塵芥ごみうまった溝へ、引傾いて落込んだ——これを境にして軒隣りは、中にも見すぼらしい破屋あばらやで、すすのふさふさと下った真黒まっくろ潜戸くぐりどの上の壁に、何の禁厭まじないやら、上に春野山、と書いて
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しばらく首をのばして真暗まっくらな路地の中をのぞくと、がたりがたりといかにも具合のわるそうな潜戸くぐりどの音がしたので、いくらか安心はしたものの、どうも、様子が見届けたくてならぬところから
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
霽波が戸を叩くと、小さい潜戸くぐりどを開けて、体の恐ろしく敏速に伸屈のびかがみをする男が出て、茶屋がどうのこうのと云って、霽波と小声で話し合った。しばらく押問答をした末に、二人を戸の内に案内した。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
見廻しつゝ登ると階段の中程の横手の壁に潜戸くぐりどの様な所がある、何か秘密の一室へでも通ずる隠し道ではあるまいか、戸の色と壁の色と一様にくすぶって閉じてあれば、容易には見分けも附くまいが
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
おおいかかった葉柳に蒼澄んだ瓦斯燈ガスとうがうすぼんやりと照しているわが家の黒門は、かたくしまって扉に打った鉄鋲てつびょうが魔物のようににらんでいた。私は重い潜戸くぐりどをどうしてはいることが出来たのだったろう。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
「これはくさむらの中にうずもれている小さな潜戸くぐりどを開ける鍵です。」
潜戸くぐりどを開けて使が言い添えるのです。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
で、それだけでも聞きだそうと思って、小四郎の袖を抑えた時、潜戸くぐりどが内からとざされた。で、聞くことさえ出来なかった。
血ぬられた懐刀 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
イザといえば直ぐにも飛掛りそうな身構えで、低い、狭い潜戸くぐりどを開けてやると、女は直ぐに這入って来た。
骸骨の黒穂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼がうっとりと空を見あげていると、かたんと音がし、横の潜戸くぐりどが開いた。振り返ると、彦太郎はどきんとした。潜戸から美しい女の顔が出て、にっこり笑ったからであった。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
この蔦の門の潜戸くぐりどから入つて構内を建物の外側に沿つて行くことになつてゐたので、私は、何遍か、少し年のへだたつた母子のやうに老女と娘とがむつび合ひつゝ蔦の門から送り出し
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
ある夜一番目の姉が、夜中よなか小用こように起きたあと、手を洗うために、潜戸くぐりどを開けると、狭い中庭のすみに、壁をしつけるようないきおいで立っている梅の古木の根方ねがたが、かっと明るく見えた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
芝居がえりの過ぎたあと、土塀際の引込んだ軒下に、潜戸くぐりどを細目に背にした門口かどぐちに、月に青い袖、帯黒く、客を呼ぶのか、招くのか、人待顔に袖を合せて、肩つき寒くたたずんだ、影のようなおんながある。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「一間そこ/\でしょうね、潜戸くぐりどの内だから」
京子はその奇怪な無表情の顔を前へ突き出し、両手を延して探ろうとしたが、先刻の影像らしい黒い靄のたたずまいが、以前の位置からすっと動いて表の潜戸くぐりどの方へ消えて行った。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
すぐに、ギーと潜戸くぐりどが開き、またもや老人の声がした。
前記天満焼 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
おもて門の潜戸くぐりどを勇んで開けた。
豆腐買い (新字新仮名) / 岡本かの子(著)