木理もくめ)” の例文
もうだいぶ長く雨風にさらされて白くされ古びとげとげしく木理もくめを現わしているのであるが、その柱の一面に年月日と名字とが刻してある。
小浅間 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
二人の目は意味もなく前の方を見てゐる。その視線は丁度ベンチの木理もくめの上を這つてゐる一疋の蠅の跡を追つてゐるのである。
駆落 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
こういう高札の文句というものは、もっと昔からあったものかも知れないが、今ここへ掲げられてあるのは、墨の色も木理もくめも至って新しい。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
木理もくめをこすり出した虫喰いの杉板四枚に、漆で朝顔その他の植物をあらわし、終りに近い月〔三日月〕は磨いた真鍮で、葉は暗色の青銅で
「これは旦那、かへでの木ですよ、この山でも斯んな楓は珍しいつて評判になつてるんですがネ、……なるほど、いゝ木理もくめだ。」
みなかみ紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
からりとしたえんを通り越して、奇麗な木理もくめを一面にぎ出してある西洋間の戸を半分明けると、立て切った中は暗い。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それからもつと他にはきれをめちや/\に引き裂いたやうなのや、螺旋状に巻かつたのや、或は木理もくめのやうな形のやねば/\した、糸のやうなのがある。
幹形、木理もくめうるはしいと云つたところで、大森林のメルクシ松を、世界の何処へ売り出さうと云ふのだ……。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
僕の木彫もくちょうだって難関は有る。せっかくだんだんと彫上ほりあげて行って、も少しで仕上しあげになるという時、木の事だから木理もくめがある、その木理のところへ小刀こがたなの力が加わる。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
木理もくめも見えぬほどに汚れた三尺の上り框のとっつきがすぐ階段になって、これを踏み昇ると坊主畳を敷いた三十畳ほどの大部屋があり、幟を染め直した蒲団を着たのが
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そのくせ目は妙にさえて目の前に見る天井板の細かい木理もくめまでが動いて走るようにながめられた。神経の末梢まっしょうが大風にあったようにざわざわと小気味わるく騒ぎ立った。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
目の前に出された置物台の木理もくめをしらべたり、指先で尺をとったり、こんこん台の脚をたたいたりして説明するんだが、その手つきにはどこか真似のできない巧みさがあり
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
この栃の木という材は、材質が真白で、木理もくめに銀光りがチラチラあって純色の肌がすこぶる美しいので、かつてこの材を用いて鸚鵡おうむを作り、宮内省の御用品になったことがある。
それは黒ずんだ、ゆたかな木理もくめがおもて一杯にひろがった、美しい木で出来ていました。そのおもてがまた、小さなパンドーラの顔が映って見えるほど、よく磨かれていました。
松宇しょうう氏来りて蕪村ぶそん文台ぶんだいといふを示さる。あま橋立はしだての松にて作りけるとか。木理もくめあらく上に二見ふたみの岩と扇子せんすの中に松とを画がけり。筆法無邪気にして蕪村若き時の筆かとも思はる。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ただし白檜のが、果して偃松と同じ動き方であるかどうかは、多少の疑問もないではない。あの白檜の真の枯木によく見られる、幹や枝の木理もくめのねぢれを思うと、何かそんな気もするのだ。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
そこには、彼が入りしなすでに発見したことであったが、扉から三尺ほど離れている所に、木理もくめ剥離片ささくれが突き出ていて、それに、くろずんだ衣服の繊維らしいものが引っ掛っていたからだ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
先日こないだ女房が地主の旦那と一緒に町へ出かけて行って、夜になってから帰って来たことがあったが、その日曜日には、彼女が木理もくめリボンをつけ、薄紗うすしゃのショールをかけていたのを彼は思いだした。
麦畑 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
雨漏りのあとが怪しげな形を茶褐色にえがいている紙張の天井、濃淡のある鼠色ねずみいろに汚れた白壁、廊下からのぞかれる処だけ紙を張った硝子窓がらすまどしょうの知れない不潔物が木理もくめに染み込んで、乾いた時は灰色
食堂 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
だから米友は、なんとなく穏かでないと感じた時、はじめて、さきほど高札場で読んだお定書さだめがき、その色と木理もくめの新しいのがピンと頭へ来ました。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
若木が種から芽をふいた瞬間から、古い木が死ぬ時迄毎年一つの輪一つの木理もくめを形づくるのだ。さあ、これで分つたらう。では、此の梨の木の層を数へて見よう。
多くの松を通り越して左へ折れると、生垣いけがきに奇麗な門がある。果して原口といふ標札が出てゐた。其標札は木理もくめんだくろつぽい板に、みどりあぶらで名前を派出はでいたものである。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
木理もくめうるはしき槻胴けやきどう、縁にはわざと赤樫を用ひたる岩畳がんでふ作りの長火鉢に対ひて話しがたきもなく唯一人、少しは淋しさうに坐り居る三十前後の女、男のやうに立派な眉を何日いつ掃ひしか剃つたる痕の青〻と
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
木理もくめれた湯槽ゆぶねけたを枕にして、外を見ることのできない眼は、やっぱり内の方へ向いて、すぎこしかたが思われる。
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
多くの松を通り越して左へ折れると、生垣いけがきにきれいな門がある。はたして原口という標札が出ていた。その標札は木理もくめの込んだ黒っぽい板に、緑の油で名前を派手はでに書いたものである。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
木理もくめうるわしき槻胴けやきどう、縁にはわざと赤樫あかがしを用いたる岩畳作りの長火鉢ながひばちむかいて話しがたきもなくただ一人、少しはさびしそうにすわり居る三十前後の女、男のように立派なまゆをいつはらいしかったるあとの青々と
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)