たかぶ)” の例文
さすがに定明は、小太刀を持ち出したことが、たかぶりすぎて気恥かしかった。だが、引くことの出来ないぎりぎりの間に兄弟は立っていた。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
さて、睡ろうとはしたが、私の神経は、いやにたかぶっていて、いつものように五分とたたないうちに睡りに入るなどということは不可能だった。
地球要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
女はたかぶつた男の言出しをぐつて自分の本心を打明けようとも思つたが、それが果していいか惡いか一寸分らなくなつた。で、先づかう云つた。
計画 (旧字旧仮名) / 平出修(著)
「へっへっへ」くすぐられるような、卑しい笑い声をあげながら、彼は机に向い字書を披いた、こんな男でも新しい知識に触れると幾らか気がたかぶるらしい
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
生活の革命だと信じて思いたかぶっている耕吉には、細君の愚痴話には、心から同情することができなかったのだ。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
退さがって両手をつかえた老骨は、それより他の言葉が出ぬほどな感激にたかぶらされてぼろぼろと涙をこぼした。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたしは斯んな事で産前十日程から不安に襲はれ、体の苦痛にさいなまれて、神経が例に無くひどくたかぶつて居た。
産褥の記 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
袋持は、たかぶって来る心を押えて、静かにいった。綱手は俯向いていた。月丸は、腕組して、眼を閉じていた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
それが今夜は、かんたかぶったのを無理におさえているような、取って付けたようなふるえごえを出すのである。
ある人々の主観の中でのたかぶりでなく、人間生活の歴史的動向に沿うて上昇し発展されなければなるまい。
夜叉のなげき (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
時が時だけに私は抑え難い好奇心をたかぶらせながら、声のする方へと、そーっと跫音あしおとをしのばせて行った。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
私は氣のたかぶつた時計屋の娘よりも、シヨゲた官吏の娘の方を可哀さうだと思つたことも有りました。
此人このひとは梅毒とリウマチスとの治療が得意なのでその家へは男女の梅毒患者が多くくと聞いて、神経のたかぶつて居る僕は喉を焼いて貰ふ度にその器械が無気味でならなかつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
やり損ったと思うと、気持がたかぶってきて、ただ一つのことの外、なにも考えられなくなった。つまりは今からでも遅くない。思い切ってやってしまえということなのである。
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
と思ふと雪の降る頃から、今度は当主がわづらひ出した。医者の見立てでは昔の癆症らうしやう、今の肺病とか云ふ事だつた。彼は寝たり起きたりしながら、だんだんかんばかりたかぶらせて行つた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そして神経がむやみにたかぶって、胸の動悸どうきが早鐘をくようにひびく。寒い外気に触れて頬のまわりに乾きつく涙を、道を行く人にはばかるようにしてそっときながら、私は心の中で
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
多分処女ではなかったらしい彼女の派手な結婚の支度したくや、三日にわたった饗宴きょうえんに金を惜しまなかった張り込み方を考えても、父の愛がどんなに彼女を思いたかぶらせたか想像できるのであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
おり蹴破けやぶり、桎梏しっこくをかなぐりすてた女性は、当然あるたかぶりを胸にいだく、それゆえ、古い意味の(調和)古い意味の(諧音かいおん)それらの一切は考えなくともよしとし、(不調和)のうちに調和を示し
明治大正美人追憶 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
十七八の素人とう音が魔術のごとく私の婬心をたかぶらせたのであります。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
とても生きてゐられないと、神經をたかぶらせながら、英語讀本を披いた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
連れて迷信をたかぶらせずにはいられなかった。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
二人の男はひと眼見たばかりで、そのたかぶった心がわかるほど、烈しいまばたきをくり返していて、基経は用意して来た言葉も容易にいい出せなかった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
と玄蕃はその様子を見て歯ぎしりかんでいたが、かんたかぶらせて浪人の前へ馬を乗りつけて来た。そして
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
深雪も、庄吉も、身体を固くして、たかぶってくる心を、押えて、じっと、聞いていた。深雪は
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
亨一は女の感情が段々たかぶつて来るのをた。云へば云ふ程激昂の度が加はるであらうと思つたから、何も云はずに女の様子をただ見つめて居た。もう女は泣いて居るのであつた。
計画 (新字旧仮名) / 平出修(著)
おちづはいきなり半次の手を取りそれを振りながら、たかぶった声でうたうように云った。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いったい資子はなにをしているのかと、三層上の部屋へ踏みあがって行くと、寝た間も気をたかぶらしている癇走った御料人ごりょうにんが、蒼白んだ小鼻のわきに寝脂ねあぶらを浮かせ、前後不覚に御寝ぎょしなっている。
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
とても生きていられないと、神経をたかぶらせながら、英語読本をひらいた。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
亨一は女の感情が段々たかぶつて來るのを見た。云へば云ふ程激昂の度が加はるであらうと思つたから、何も云はずに女の様子をただ見つめて居た。もう女は泣いて居るのであつた。
計画 (旧字旧仮名) / 平出修(著)
そしてその定明の声は、自分で何をするか分らないいましめを、自らにも、経之にも叫びあうようなものだった。やがてそれは同様な兄経之のたかぶった気持と、少しのかわりのないものだ。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
少したかぶって、そう言った彼の顔へ、ぬるい乳のような涙が、ばらばらこぼれた。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
志津子はすっかり感情をたかぶらせていた。
海浜荘の殺人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
手をつかの上にわなわなと震え、もう、ものもいえぬほどのたかぶり方だった。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
なつかしいと思ふこともあつたり、みじめな目にあつてゐるであらうと思ふこともあつたりすることはあるが、彼はすぐに気がたかぶつて、あの事がすつかり露顕ばれてしまふ様になつた良人をつと頓間とんまさを思ひ返しては
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
と、息の弾みにも、その欣びをたかぶらせて
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あのままたかぶらせて置いたら、歯は一枚もなくなるまで噛み砕くだろう、何という、何という女だ、あの赤ん坊をまもるためには奴は何をするか判らない、袴野は生れてはじめて怖れというものを