嬌態きょうたい)” の例文
みんなほっと上気して眼を潤ませて、起ち居それぞれに嬌態きょうたいすいを見せるという次第だから、若さまの御満悦は断わるまでもなかろう。
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼女はごくすらりとした身体つきで、服の着つけもよく、誘惑的な挑戦ちょうせん的な姿だったが、わざとらしい馬鹿げた嬌態きょうたいをいつも見せていた。
女性にことに著しい美的扮装ふんそう(これはきわめて外面的の。女性は屡〻しばしば練絹ねりぎぬの外衣の下に襤褸つづれの肉衣を着る)、本能の如き嬌態きょうたい
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それは栄養不良の子供が一人前の女の嬌態きょうたいをする正体を発見したような、おかしみがあったので、彼はつい失笑した。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この時、この嬌態きょうたいを覗いてくれるものは如法の闇だけ、岩太郎はお滝の柔らかい膝にもたれ、お峰の忍び駒で、近頃覚えたばかりの小唄をうなって居たのです。
銭形平次捕物控:245 春宵 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
肌のすてきに美しい裸女が一人、一糸もかけずに嬌態きょうたいを長椅子にもたせて、一種異様な笑みを浮べている。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
雅子の悩ましく唇をそらせたそんなポーズは、もとより悩ましい印象を意識してのものではないだろうが(と私は思ったが)、それはまさに嬌態きょうたいには違いなかった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
卒業式、卒業の祝宴、初めて席にはべ芸妓げいしゃなるものの嬌態きょうたいにも接すれば、平生へいぜいむずかしい顔をしている教員が銅鑼声どらごえり上げて調子はずれのうたをうたったのをも聞いた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
葉子のような天性の嬌態きょうたいをもった女の周囲には、無数の無形の恋愛幻影が想像されもするが——それよりも彼女自身のうちに、恋愛の卵巣が無数にはびこっているのであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
嫂のこのとぼかたはいかにも嫂らしく響いた。そうして自分にはかえって嬌態きょうたいとも見えるこの不自然が、真面目まじめな兄にはなはだしい不愉快を与えるのではなかろうかと考えた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
太く短い環、古代の貞節な女に似て垂れ下った醜い肩、まるで病み疲れてサタンに生育を阻止された女が奇妙な嬌態きょうたいをして、流行の衣裳と近代の手管をもって私の前に現れたのだ。
恋の一杯売 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
その中の嬌態きょうたいおのずから春の如き温情を含む。門の外にてさな声「あのあまっちょめが」
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
だが、あなたが、あんまり私の話を避けよう避けようとするものだから、そしてあんな嬌態きょうたいでごまかそうとするものだから、僕もつい興奮してしまったのですよ。勘弁かんべんして下さいね。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
極端な無邪気は極端な嬌態きょうたいに近い。彼女は彼にごく素直にほほえんでみせた。
良人の機嫌を取るという事も、現在の程度では狭斜きょうしゃの女の嬌態きょうたいを学ぼうとして及ばざる位のものである。男子が教育ある婦人をもくして心ひそかに高等下女の観をなすのは甚しく不当の評価でない。
婦人と思想 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
ろうのように青褪めた中から潤んだ眼を一パイに見開きつつ、白い歯を誇らし気に光らして見せたのであったが、そうした彼女の嬌態きょうたいを、ポケットに両手を突込んだまま見下しているうちに、私はフト
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
家鴨あひるの愉悦するような女の嬌態きょうたいが、しきりとくすぐったく思えた。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女たちが示した嬌態きょうたいや叫び声の強烈な印象が、眼にも耳にもなまなましくきついていて、それが神経をかき乱し、血をわきたたせた。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
嬌態きょうたいの魂とキリストとの対話が。)——クリストフはそれに胸を悪くした。ダンスの足取りをしている豊頬ほうきょうの天使を見るような気がした。
彼は今まで如何いかなる名匠の美人画にも単なる艶冶や嬌態きょうたいを示したものに、これほど心を引かれたことはなかつた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
おぼろげに感得していたものの、先きは人も知った人格者であり、とうといあたりへも伺候して、限りない光栄をになっている博士なので、もし葉子の嬌態きょうたいに魅惑された人があるとしても
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ミサコが廻転扉から出納口につかつかと進むと、コケットな彼女の嬌態きょうたい狼狽ろうばいした行員が自覚を失った指先で紙幣をかきあつめた。奥の大卓子テーブルの支配人が彼女にかるく会釈をかえした。
女百貨店 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
俺より外の男には心を移さないと誓って呉れ……併し、あの女はどうしても私の頼みを聞いては呉れない。まるで商売人の様な巧みな嬌態きょうたいで、手練手管てれんてくだで、その場その場をごまかすばかりです。
白昼夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
時雄は黙ってこの嬌態きょうたいに対していた。胸の騒ぐのは無論である。不快の情はひしと押し寄せて来た。芳子はちらと時雄の顔をうかがったが、その不機嫌ふきげんなのが一目で解った。で、すぐ態度を改めて
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
なかば細君の嬌態きょうたいに応じようとした津田はなか逡巡しゅんじゅんして立ち留まった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二つの芽の一つというは嬌態きょうたいであって、他の一つは恋である。
凡庸な嬌態きょうたいと利己心とを現わし、自分の肉体に印刻されてる恐ろしい力にたいしては、なんらの観念をももっていない。
それは娘たちがなにか摘むときに小指だけ離して美しく曲げる、あの手の嬌態きょうたいほどの曲り方である。
日本婦道記:小指 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして、顔と、むき出しの五体とで、何とも云えぬ嬌態きょうたいを示した。蘭堂はそれをマザマザと見た。うら若き女性の余りにも大胆なる肉体的表情をマザマザと見た。そして、恐ろしさに震え上った。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「あらまア先生!」と言って、笑って体をはす嬌態きょうたいを呈した。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その上にまた、無心より来る嬌態きょうたいを持っていた。
それでもなお彼女は、弱々しい点もあり、日々の風向きに身を任せることもあり、一種の嬌態きょうたいを見せることもあった。
初めは適当に受けながしていたが、しだいに熱を帯びてくる女の囁きと、その柔軟なからだで表現する不謹慎な嬌態きょうたいとは、ともすると万三郎の意志をくらませ、抵抗の力をぬき去ろうとした。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いつも自然のままだった。そして単純な怠惰な彼女も、時によると、別に悪気なしに嬌態きょうたいを作ることを知っていた。
彼女は小さな女らしい直覚によって、コレットの嬌態きょうたいとレヴィー・クールが彼女に寄せてる執拗しつよう追従ついしょうとをクリストフが苦しんでるのを、よく見て取った。
たとい最初には、つとめて笑顔をして彼を迎えたとはいえ、それは小娘の本能的な嬌態きょうたいからだった。
多くは彼よりも年上であって、その嬌態きょうたいで彼をおびえさせ、その拙劣なひき方で彼を失望さした。
しかも、だれかが——だれでも構わない——道に姿を現わすと、また嬌態きょうたいが始まった。すぐに彼女は、元気よく口をきき、笑声をたて、騒ぎたて、変な表情をし、人目を引いた。
そしてやや露骨すぎるそういう嬌態きょうたいは、クリストフを当惑させ悩ました。それらの大胆な二人の娘は、ふだん家で彼をとり巻いてる無愛想な人々の顔つきとは、まったく別種の観があった。
それには少しも嬌態きょうたいを装う考えは交っていなかった。浮気心は少しも頭に浮かんでいなかったし、もし浮かんだにしろそれは知らず知らずにであった。彼女の求めるところはわずかなものだった。