名主なぬし)” の例文
今時分いまじぶん不思議な事と怪しむ間もなく、かの金棒の響はまさしく江戸町々の名主なぬしが町奉行所からの御達おたっしを家ごとに触れ歩くものと覚しく
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
門人が名主なぬしをしていて、枳園を江戸の大先生として吹聴ふいちょうし、ここに開業のはこびに至ったのである。幾ばくもなくして病家のかずえた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
三兄弟は別れ去り、公孫勝と劉唐りゅうとうとは、晁蓋ちょうがい名主なぬし屋敷に、食客としてとどまった。さらに呉用のほうは、つい近所の住居のこと。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの追分おいわけ名主なぬし文太夫ぶんだゆうから見せてもらって来た手紙も、両国十一屋の隠居から聞いた話も、すべてそれを胸にまとめて見ることができた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
むかしは「名主なぬし」というのをつとめ、十年前ごろまでは村の、「総代そうだい」というのをやっていただけ、その貧乏がひじょうにめだつのでした。
あたまでっかち (新字新仮名) / 下村千秋(著)
不義の女房にようばう并に伯父九郎兵衞へ能く分て遣はせしぞ伯父をぢは母方か父方ちゝかたかと問はるゝに九助こたへて亡夫ばうふ九郎右衞門まで七代の間水呑村名主なぬし
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
同宿並びにかくし置き他よりあらわるるにおいてはそこの名主なぬし並びに五人組まで一類共可厳科也、仍下知如
領内の者どもは皆その善政をよろこんで、名主なぬし庄屋しょうやをたよつて遠方からその診察を願ひに出てくる者も多かつた。
梟娘の話 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
小泉の家は名主なぬしでありますから、何者よりも先にそこへ駈けつけて、その処分に骨を折らなければなりません。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
玄関や門などはなおさらのこと、……そういうもののあるのは、居附いつき地主か、名主なぬしか、医者の家位です。
名主なぬしをはじめ村有志が、たびたび江戸表へ出府して、伝手つてを求めて訴え出ようとしたのですが、公儀も、この出羽守の乱暴を薄うす承知しておりながら、誰一人
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
紙屋かみや若旦那わかだんなはなしでも、名主なぬしさんのじゃんこ息子むすこはなしでも、いくらもあろうというもんじゃねえか」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
もっとも私の家も侍分さむらいぶんではなかった。派出はで付合つきあいをしなければならない名主なぬしという町人であった。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
で或る時は庄屋名主なぬし五人組などいふ人物と引合ふ、或る時は神主や和尚さんとも談判する。
兵馬倥偬の人 (旧字旧仮名) / 塚原渋柿園塚原蓼洲(著)
「そういったものかな、大店おおだなの支配人の物の考えようというものは。——が、これから名主なぬしか五人組の立会いの上でなきゃ、勝手な真似はした方がいいぜ、つまらねえ疑いを受けることになるから」
とぢて控へたり此時名主なぬし甚左衞門進出て申す樣只今願のおもむ委細ゐさい承知しようち致したり扨々驚き入たる心底しんてい幼年には勝りし發明はつめい天晴あつぱれの心立なり斯迄思込おもひこみし事を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「ここからわずか数十里、東渓村とうけいそん名主なぬしをしている晁蓋ちょうがいだが、これは山東河北かほくきッての人物とわしは平常、ておるが」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「半蔵、お前の留守に、追分おいわけ名主なぬしのことが評判になって、これがまた心配の種さ。」と吉左衛門が言って見せた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
手前どもの町内などでも名主なぬし家主いえぬしが今朝はもう五ツ頃から御奉行所へお伺いに出るような始末で御座います。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
まことに知恵のない話だとは思ったが、半七は差し当りここらの村々の名主なぬしをたずねて、誰か鷹を見付けたか、あるいは鷹を捕えたかを聞き合わせようとした。
半七捕物帳:15 鷹のゆくえ (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
説文会には島田篁村こうそんも時々列席した。篁村は武蔵国大崎おおさき名主なぬし島田重規ちょうきの子である。名は重礼ちょうれい、字は敬甫けいほ、通称は源六郎げんろくろうといった。艮斎、漁村の二家に従学していた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
父は名主なぬしがなくなってから、一時区長という役を勤めていたので、あるいはそんな自由もいたかも知れないが、それをほこりにした彼の虚栄心を、今になって考えて見ると
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
同じ青梅の宿しゅく名主なぬしの家に雇われていた時分、主人の物をはじめ近所あたりの物をちょいちょい盗みます、盗んでどうするかといえば、直ぐにそれをほかの子供らにやってしまう。
くらましたで、みんなが、はあ、どんなに心配ぶったか知んねえだよ。やっとのこってこのお奉行所へ来てるとわかって、いま名主なぬしどんに頼んで願えさげに突ん出たところだあな。だが、よくまあ達者で……
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
江戸へ出る途中、半蔵は以前の旅を思い出して、二人の連れと一緒に追分宿おいわけじゅく名主なぬし文太夫ぶんだゆうの家へも寄って来た。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一封の金子きんすを、村の老人たちへといって、家来から名主なぬしへ下げた。近頃、乱世の時勢に、稀有けうな御仁慈ではあると、村長はびっくりして、村中へ触れまわった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此猿このさるめんは南傳馬町名主なぬしの又右衞門といふものつくりて主計かずへさるといふよし今以てかの方にあるよしなり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
父親おやじは馬場下町の名主なぬしで小兵衛といった。別に何も商売はしていなかったのだ。何でもあの名主なんかいうものは庄屋と同じくゴタゴタして、収入などもかなりあったものとみえる。
僕の昔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
牢内の習慣として、罪の重い者が名主なぬしまたは隠居と称して、一同の取締り役を勤めるのである。その取締り役の威勢を笠に着て、新入りの囚人を苦しめるのが、かれらの悪風であった。
半七捕物帳:49 大阪屋花鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そこに住む追分の名主なぬしで、年寄役を兼ねた文太夫ぶんだゆうは、かねて寿平次が先代とは懇意にした間柄で、そんな縁故から江戸行きの若者らの素通りを許さなかった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
怪しむべし、その姿は、またたくまに、名主なぬし晁蓋ちょうがいの住む東渓村とうけいそんの村道へ向って近づきつつあるではないか。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一たび、めいめい、家へかえった百姓ひゃくしょうたちは、取ってかえしに、名主なぬし狛家こまけ一族をせんとうとして
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
本陣、わき本陣、今は共にない。大前おおまえ小前こまえなぞの家筋による区別も、もうない。役筋やくすじととなえて村役人を勤める習慣も廃された。庄屋しょうや名主なぬし年寄としより組頭くみがしら、すべて廃止となった。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
名主なぬしに叱られた腕白どもは、彼方かなたに立ち並んだまますくんでいたが、一人も前へは出て来なかった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
弟の宗太そうたなぞ、明治四年のころはまだ十四歳のうら若さに当時名古屋県の福島出張所から名主なぬし見習いを申し付けられたほどで、この子にこそ父のおもかげの伝わりそうなものであるが、そのことがなく
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この雨気、久しぶりの雨を地にめぐもうぞ。正成はこれより建水分たけみくまり神前みまえに、さっそく、お礼をのべに参る。——また郎党どもは、手分けして、郷々さとざと名主なぬしへ、同慶のよしを、触れ歩け。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)