其奴そやつ)” の例文
「イヤ、胡麻化ごまかしてはいかん、娘はもう白状して居る。花房君、何を遠慮して居るんだ、其奴そやつを縛り上げて、謄本コピーを取り上げてくれ給え」
女記者の役割 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「で、其奴そやつを追っかけて、ここまで走って参りましたところ、貴殿に突然逢いましたので……それで粗忽そこつにも人違いいたし……」
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「あわてるな。敵の脱走兵の訴えとて、めったに信じるとは危険だ。おれ自身、その兵を取調べてみよう。ここへ其奴そやつを引ッ張ってこい」
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
國會議員なりとか聞けば定めし世には尊ばるゝ人ならんが、其奴そやつのやうに思はれて、これは妄念と幾度おもへども腦をさらねば其甲斐もなし
暗夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
忘れもせぬ其奴そやつこそ、得三に使わるる八蔵という悪僕なれば、害心もあらんかと、用心に用心して、この病院の裏手まで来りしに、思えば運のつきなりけん。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「人の耳に入ってまこと悪くば、聴いた其奴そやつひねりつぶそうまで。臙脂屋、其方が耳を持ったが気の毒、今此のわしに捻り殺されるか知れぬぞ。ワッハハハ」
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
其奴そやつではなかろうかといっていると、果して後日の噂には江州大津の宿で、駕籠を乗替えようとして犬に喰殺された狸だか和尚だかが、その石印を所持していたそうである。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
せっかくの悪企わるだくみも水のあわになり定めし其奴そやつは案に相違していることでござりましょうほんにわたくしは不仕合わせどころかこの上もなく仕合わせでござります卑怯ひきょうな奴のうらき鼻を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこへ控えの焚火の方から御免とも言わねえでスッと入って来たのが其奴そやつですよ。裾は下していましたが旅装束のままらしい、末の方にピタッと坐って盆の方を黙って見ています。
天狗外伝 斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
そいつがこの事件のソモソモの発頭人で、直方事件の下手人も其奴そやつに相違ないという事を、この調査書は云いたくて云い得ずにおるように見える。……これが吾輩の所謂いわゆる、自白心理だ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
さあ、いつだって向って来い。やれる奴は彎刀カトラスを手に取れ。そうすりゃ、己は、桛杖かせづえをついちゃいるが、このパイプがからにならねえうちに、其奴そやつの臓腑がどんな色をしているか見てやろう。
「ナニ、それは、其奴そやつじゃ。泣きよると見せかけて笑いおるぞ」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ちま/\と其処に身を潜めてねまって居ります所へ、庄吉が其奴そやつの帯へ一心にかじり付いてる所へ、どか/\と御用聞ごようきゝ這入はえって来て、庄吉の帯を取ってずる/\と引出すと、庄吉が手を放せばいに
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そして其奴そやつが信用のおける奴かどうか見といてくれ
恥を知るならば、ふなべりへ立てといえっ。もしまた、其奴そやつを逃がした場合は、乗合いの者残らず、かかり合いとしておかへ引きずり上げるから左様心得ろ
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いったい其奴そやつは何者であろう? 自尊の強い性質だけにまだ見ない恋敵こいがたきに対しても、激しい憤りを感じるのであった。
紅白縮緬組 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
家令家扶堪えかね、目配めくばせして、「山本、熊田、其奴そやつたたけ。」と昔取りたる杵柄きねづかにて柔術やわらも少々心得たれば、や、と附入りて、えい、といいさま、一人を担いで見事に投げる。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうして其奴そやつが見付かりましたならば、タッタ一言でよろしう御座いますから
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あんでも生き残った人の話に、その晩はひでえ闇夜で、また、其奴そやつ等と言うのがひでえ切り手で、その仁なんども、すぐ後ろ手を歩いていた者がバッサリやられるまで知らなかったそうな。
天狗外伝 斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
だがな、奴らが黒丸を己んとこへ持って来るまでは、それとも、お前がまた黒犬か、一本脚の船乗をだ、ジム、——ことに其奴そやつだぜ、——其奴らを見るまでは、お前、言いに行くんじゃねえぞ。
「てッきり其奴そやつです。とすれば昨夜中に、手配をめぐらし、これからのお行き先に、つきまとおそれもある。……はて、どうしたものだろうな、せがれ」
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
親のかたきの九十郎! 討たねばならぬ九十郎! 其奴そやつのために捕えられ、この恥辱を受けているのであった。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
真日中まひなかに天下の往来を通る時も、人が来れば路を避ける。出会いであえばわきへ外れ、遣過やりすごして背後うしろを参る。が、しばしば見返る者あれば、煩わしさに隠れおおせぬ、見て驚くは其奴そやつの罪じゃ。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「もしあの医者が船にいたら、おれぁすぐに癒ったろうがな。だが己にゃあ運がねえんだ、この通りにな。が、これぁ己だけのことさ。そこにいる間抜めはすっかりくたばってやがるぜ、其奴そやつは。」
「何、其奴そやつも不死身でござるとな。いやこれは面白い。どれそれではすぐに参って一勝負致すと致そうか」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「いや、よせよせ。どうせ其奴そやつは寛永寺の追放者。捕えたところで、足手まといだ。押ッ放してしまえ」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しばらくするといま其奴そやつ正面しやうめんちかづいたなとおもつたのが、ひつじ啼声なきごゑになる。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「ははあ、さては何者か、この白山の泰平無事を掻き乱すものがあると見える。其奴そやついったい何者じゃ⁉」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
其奴そやつっ、其奴っ」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其奴そやつとの一味の無頼の徒に、ウ、奪われ、ト、取られ! ……あれあれあそこへ担がれて行く箱こそ、人形箱にござります! ……女を抱えて走ってゆく武士こそ
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして其奴そやつの好んで弾く曲は、短嬰ヘ調で始まる、「やみと血薔薇」と云う誘惑の曲だと申すことだ。
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いわば食をみたる九十郎、其奴そやつに討たれしは下世話に申す、飼い犬に手を噛まれしも同然、無念残念と母をはじめ、兄範之丞も歯噛みいたし、復讐とげんと致しまして
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「さよう」と、紋太郎は、若年だけに、一層おびえ、地に敷かれている影法師が揺れるほどに顫えながら、「其奴そやつがまた誰かを……どっちみち、あの部屋で切り合いが……」
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「浮田の家来とあるからは、ちょうど幸い扶持して取らせ、其奴そやつの口から敵状を聞こう」
郷介法師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
鉱山かなやま発掘の利器として愚僧造った爆弾はれつだまを人間を殺す兇器として其奴そやつ応用したのだな?」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)