仮借かしゃく)” の例文
旧字:假借
平次は仮借かしゃくしません。八五郎に手伝わせて押込むようにそれぞれの部署に就かせると、家の中はしばらく、死の寂寞せきばくが領しました。
だが、それは安穏で無事な生活の中にいて、現実の仮借かしゃくなさを知らないからにすぎない。かれらのすぐ隣りにはべつの生活がある。
彼は多くの外国人と同じく、自分が出会った二、三の類型によって得た仮借かしゃくなき意見を、フランス婦人全般に押し広げてしまった。
義貞は仮借かしゃくなく、すぐ船田ノ入道をさしむけて、わずか九ツでしかない万寿を、相模川のへんで首斬らせた。また、これに味をしめて
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
六月にはいると、盆地特有の猛烈の暑熱が、じりじりやって来て、北国育ちの私は、その仮借かしゃくなき、地の底から湧きかえるような熱気には、仰天した。
美少女 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しこうして現実は少しの仮借かしゃくもなく、あるがままに認められねばならぬ。かくて天と地とを峻別し、しかる後にこそ初めて、天に昇る道は工夫せらるべきである。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
それでも昼の稽古に通う子供たちには、さすがに多少の勘弁もあったが、夜の道場に立った時には、すこしの過失も決して仮借かしゃくしないで、声を激しくして叱り付けた。
すこしの仮借かしゃくもなく、打って打ち据えて、とうとう兵馬をそこへ打ち倒してしまいました。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
見掛けははなは仰山ぎょうさんな、その現われるや陰惨な翳によって四囲をたちま黄昏たそがれの中へ暗まし、その毒々しい体臭によって、相手の気持を仮借かしゃくなく圧倒する底の我無者羅がむしゃらな人物であった。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「よくもこの綱吉に一代の恥かかせおったな。裁きは豊後に申しつくる。なお、町人どもをどのように苦しめているやも知れぬ。仮借かしゃくのう糾明きゅうめいせい。——目障りじゃ。早うひけいッ」
その実仮借かしゃくのないあさましいものだことに十分気がついていたが、思いのほか町の更けているのを見ると、一層それがはっきりするようで、内心来たことを悔いる心にもなっていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
これが不正な仮借かしゃくでありませんやうに。……百合さんと海についての長い会話。私にとつて海は大きな興味である。現在の私にとつて、海は朝夕にやや高まる潮音だけに過ぎない。聴く海。
恢復期 (新字旧仮名) / 神西清(著)
と「小羊こひつじ漫言」に『早稲田文学』の総帥坪内逍遥は書いたが、おとめ問題での美妙の反駁文には手厳しかった。「小説家は実験を名として不義を行うの権利ありや」という表題で仮借かしゃくなくやった。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
我国の文化は今も昔と同じく他国文化の仮借かしゃくに外ならないのである。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
たとい村芝居でも仮借かしゃくはしなかったほど藩の検閲は厳重で、風俗壊乱、その他の取り締まりにと木曾福島の役所の方から来た見届け奉行ぶぎょうなぞも、狂言の成功を祝って引き取って行ったくらいであった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
『悪意にお執りなされては、内匠頭、当惑仕とうわくつかまつりまする。至らぬかど、不束ふつつかふしは、何とぞ、仮借かしゃくなく、仰せくだされますように』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なぜなら、彼が何物をも仮借かしゃくしないだろうと感じていたから。そして、またしても侮辱を受けやすまいかと考えてはおののいていた。
そのやりかたには少しの遠慮も仮借かしゃくもなかった。草鞋わらじばきの足で相手の顔や胸を踏みにじり、そして蹴あげては踏みにじった。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かりそめにも火をけたものは、自分の家であろうと、他人の家であろうと、仮借かしゃくもなく火刑ひあぶり、——燃え上がらなかった場合でも死罪は免れようがなかったのです。
それは最初のうちに、国を治める人が方便のためにしたことが、後日はその方便が方便の仮借かしゃくから離れて、そのことそのものに、われとつけてしまったはくのために、われと迷うているのでございます。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お世辞気のない新妓しんこの銀子につらく当たり、仮借かしゃくしなかった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
直木のこの手を喰うと、私はまんまと、武蔵以上傲岸ごうがん不遜ふそん仮借かしゃくのない彼の木剣を、そら商売と大上段から貰ったに違いない。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて家の中から女がだみ声でどなる、あけすけな、仮借かしゃくのない罵詈ばりが聞える。だが信吉はがまんして苦行でもするかのように耳を澄ましていた。
嘘アつかねえ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
誠実な魂の仮借かしゃくなき本能には、どうして抵抗することができよう?——で彼はついに神聖なる作品をひらいた。
平次の調子はいくらか穏やかになりましたが、その底には仮借かしゃくのない響きがありました。
しかし鬼六にすれば、多年、翻弄ほんろうされぬいて来た日野俊基だ。——その実の姿を、いま眼の先に見たのである。仮借かしゃくはできない。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼らは怜悧な面白いりっぱな人々ではあったが、孤立してるために往々逆説に傾きやすく、また仲間だけで言論する習慣のために、仮借かしゃくなき批判と饒舌じょうぜつとに傾きがちだった。
利害問題になると、一歩も仮借かしゃくしない様子が、平次にもよく呑込めました。
しかも、かれらが落ちゆく先には、上杉方の川中島衆が、要路をふさいで、小鳥の大群を待つかすみ網のように、仮借かしゃくない打撃を与えた。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
煉脂ねりあぶらを塗りたて、金持ちで高名で、あらゆる学芸院の会員であり、最高位に上りつめていて、もはや何も恐るべきものも仮借かしゃくすべきものもないらしく見えながら、あらゆる人の前に平伏し
平次の調子は、平淡なうちにも一歩も仮借かしゃくせぬ厳しさがありました。
やぶれを取っては富田三家の恥辱、また仮借かしゃくがあっては新九郎の不為ふため、いずれにしても正しき剣の優劣を明らかにせねばならぬ。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次の言葉は辛辣しんらつで、厳重で、なんの仮借かしゃくもありません。
音楽は魂の仮借かしゃくなき鏡である。
いや、承久ノ乱には、後鳥羽院ごとばのいん隠岐おきへ、順徳上皇を佐渡ヶ島へ、ほか親王方をも、仮借かしゃくなく牢舎にした北条氏の先例もある。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次の言葉は丁寧ですが、仮借かしゃくのない厳しさがあります。
お通は、あの老婆としよりの、物に仮借かしゃくしない気質を、身に沁みて知っている。悪くすれば斬り捨てられる城太郎かも知れないと思う。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次の論告は烈々として寸毫すんごう仮借かしゃくもありません。
百姓は気狂きちがいのようにたける。それを仮借かしゃくなくズルズルと引きずってきて、やがて、大久保石見おおくぼいわみ酒宴しゅえんをしている庭先にわさきへすえた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次の論告は峻烈しゅんれつで一歩も仮借かしゃくしません。
銭形平次捕物控:130 仏敵 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
行く行くこの猛軍は人民の墳墓をあばいたり、敵へ内通する疑いのある者などを、仮借かしゃくなく斬って通ったので、民心は極端に恐れわなないた。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次の問いは直截ちょくせつ仮借かしゃくしません。
然し読者はそんなことなど仮借かしゃくしては読みません。よく本願寺の若いお坊さんなどが社へ訪ねて来て議論をまくしたてる。
親鸞の水脈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次の問いは仮借かしゃくしませんでした。
勝三郎信輝は、後の池田勝入しょうにゅうである。強力者だし、戦場往来の若者なので、もとより仮借かしゃくがない。組み敷かれた山伏は、彼のこぶしを一つ喰らうと
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次の推理は仮借かしゃくもありません。
そして一歩踏みはずしたがさいご、人の姿も家門のかたちも、かくまで急に転落するものかと、社会の仮借かしゃくなさにおどろかれた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次は仮借かしゃくのない顔です。
という密告から、関白家の附近にも、番所をもうけて、その出入りを見張らせるなど、粛正の風は、仮借かしゃくをしなかった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また下手人は仮借かしゃくなく挙げてもいたが、なお三条、七条河原などに、夜陰、落首をたてて世を皮肉る者がたえなかった。