一遍いっぺん)” の例文
彼女はそれを聞きながら、太い赤い指で窓がまちを軽くたたいていたが、わたしが口上を終ると、もう一遍いっぺんわたしをじっと見つめた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
ターウと言って蕎麦そばのような物でありますけれども蕎麦よりはまだ悪い。この村ではこういう物しか出来ぬ。それも年に一遍いっぺんです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
少し肺炎の徴候が見えるようだからよく御注意なさい、いずれ今夜もう一遍いっぺん見に来ますからと云い置いて医者は帰ってしまった。
枯菊の影 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
昔は一遍いっぺん社会からほうむられた者は、容易に恢復する事が出来なかったが、今日では人の噂も七十五日という如く寛大となったのであります。
教育と文芸 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それも、勤めを苦にしてとなえることはない。思い出したらいうがよい。一日に一遍いっぺんでも、また、申したくなったら千遍でも、なお万遍でも。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あれは鹿の子です。あいつは臆病ですからとてもこっちへ来そうにありません。けれどもう一遍いっぺん叫んでみましょうか。」
雪渡り (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
拳闘けんとう某氏ぼうしのように責任を感じて丸坊主まるぼうずになったひともいましたが、やはり気恥きはずかしさやひがみもあり張りめた気も一遍いっぺんに折れた、がっかりさで
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
生徒は町を歩くにいつも小さくなってしょぼしょぼしている、だからせめて野球でもいいから一遍いっぺん勝たしてやりたい
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
「それでは一つお願いがあります、実は品川区に私の伯母が住んで居りますが、そこの娘のチーちゃんを早く一遍いっぺん此処へ来て貰うように言って下さい」
「つまり僕はもう一遍いっぺんあの男に庭ではたらいてもらいたいのだ、あの男がうろうろ動いているのが見たいんだ。」
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
見てお気の毒とかお可哀かわいそうとか思ったことは一遍いっぺんもないぞお師匠様に比べると眼明きの方がみじめだぞお師匠様があのご気象とご器量で何で人の憐れみを
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それにもかかわらず、自分の母親のお豊はあまりくは思っていない様子で、盆暮ぼんくれ挨拶あいさつもほんの義理一遍いっぺんらしい事を構わず素振そぶりあらわしていた事さえあった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そうすると予備隊は、お前たちの行ったあとから、あの界隈かいわいの砲台をみんな手に入れてしまうのじゃ。何でも一遍いっぺんにあの砲台へ、飛びつく心にならなければいかん。——
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それを向うから持って来られてみると、好意を受けないわけにはゆかないし、またその好意なるものが、形式一遍いっぺんの好意ではなくて、なんとなく底気味の悪い好意として見られ易いのです。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
可能だというなら不可能な場合もあろう。しかし可能不可能は私たちの言葉であって、仏にはないのである。大悲は一遍いっぺん上人の言った如く「欠けたることもなく、余れることもない」のである。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「それじゃあ私が空を飛んで来たかどうか、よく分る事があるから一遍いっぺん私の居る所へ来て見るがよい。」「それは何ですか。」
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
そしてわたしはうとうと寝入りながら、これを名残なごりにもう一遍いっぺん、信頼をこめた崇拝すうはいの念をもって、その面影にひしとばかりとりすがった。……
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
一遍いっぺん田を見廻って、帰るとうちの温かい牛乳がのめるし、読書に飽きたら花に水でもやってピアノでも鳴らす。
枯菊の影 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そして浄土門の教義をめいめいが、もう一遍いっぺん深刻な気持になって考え直し出したらしい容子ようすなのである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
井深は細君にを画のそばかざさして、もう一遍いっぺんとっくりと八十銭の額を眺めた。総体に渋く黒ずんでいる中に、顔だけがばんで見える。これも時代のせいだろう。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すると奥さんはたいへん丁寧ていねいにお嬢さんに向い、「佐保子や、お前坂本さんにダンスをお願いしなさい」と言われたので、ぼくは一遍いっぺん冷汗三斗れいかんさんとの思いがしました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
その時先生が、むち白墨はくぼくや地図を持って入って来られたもんですから、みんなはにわかにしずかになって立ち、源吉ももう一遍いっぺんこっちをふりむいてから、席のそばに立ちました。
鳥をとるやなぎ (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
お足しになるのにご自分の手は一遍いっぺんもお使いにならない何から何まで佐助どんがして上げた入浴の時もそうであった高貴の婦人は平気で体じゅうを人に洗わせて羞恥しゅうちということを
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さてこれは本来ならば、大した問題にもならず、通り一遍いっぺんの刑事問題として扱われ、適当な人間が犯人と名乗り出て処刑されれば済む筈だった。だが本件に限り甚だ面倒な事情があった。
キド効果 (新字新仮名) / 海野十三(著)
信者の布施ふせもあればまた政府からくれる金もある。一遍いっぺんに一タンガー即ち二十四銭あるいは四十八銭ないし七十二銭くれる事もあって一定して居らぬ。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
彼女は、もう一遍いっぺん合図をした。わたしは、すぐさま垣根を飛びこえて、いそいそと彼女のそばへけ寄った。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
その言い方に、ぼくはふッと、彼の大人を感じると、なにか信用して好い気になり、安心すると同時に、一遍いっぺん気恥きはずかしくなってきて急いで、彼の部屋を辞しました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
売り払った懸物が気にかかるから、もう一遍いっぺん見せて貰いに行ったら、四畳半の茶座敷にひっそりと懸かっていて、その前にはとおるような臘梅ろうばいけてあったのだそうだ。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
畜産の教師は鋭い目で、もう一遍いっぺんじいっと豚を見てから、それから室を出て行った。
フランドン農学校の豚 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ぼくのような出来損いのもくねじの人生を考えてくださる、この情け深い所長さんの言葉によって、ぼくはこれまでの身を切られるようなつらいことを、一遍いっぺんに忘れてしまった。ああよかった。
もくねじ (新字新仮名) / 海野十三(著)
「またもう一遍いっぺん学生時代にかいったような気イするなあ」などいいますから、「夫婦づれで自動車で通う学生あったらおかしいやないか」いいましたら、あはあは笑うたりなんぞして上機嫌じょうきげんでした。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
みょうなおやじがあったもんだ。兄は実業家になるとか云ってしきりに英語を勉強していた。元来女のような性分で、ずるいから、仲がよくなかった。十日に一遍いっぺんぐらいの割で喧嘩けんかをしていた。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
雲がきれてるしもう雨は大丈夫だいじょうぶだ。さっきも一遍いっぺん云ったのだがもう一度いちどあの禿はげところひらべったいまつ説明せつめいしようかな。平ったくて黒い。かげちている。どこかであんなコロタイプを見た。
台川 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
すると、今度は秋になって例の流行性感冒がはやり出して来て、筆子さんはそれに二度もおかかりになった。すなわち十月に一遍いっぺん軽いのをやって、二度目は明くる年の大正八年の正月のことでしたろう。
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
自分がこんなに馬鹿にされている校長や、教頭にうやうやしくお礼を云っている。それも義理一遍いっぺんの挨拶ならだが、あの様子や、あの言葉つきや、あの顔つきから云うと、しんから感謝しているらしい。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そんなことから方々に岡惚おかぼれを作った。「遊ぶ」と云う評判も取った。けれども元来が母恋いしさから起ったのに過ぎないのだから、一遍いっぺんも深入りをしたことはなく、今日まで童貞どうていを守り続けた。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
もちろんこの器械はくさりか何かで太い木にしばり付けてありますから、実際一遍いっぺん足をとられたらもうそれきりです。けれどもたれだってこんなピカピカした変なものにわざと足を入れては見ないのです。
茨海小学校 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
これからまたここへ一遍いっぺん帰って十一時にはむこうの宿やどへつかなければいけないんだ。「何処どごさ行ぐのす。」そうだ、釜淵かまぶちまで行くというのを知らないものもあるんだな。〔釜淵まで、一寸ちょっと三十分ばかり。
台川 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
正月を病院でした経験は生涯しょうがいにたった一遍いっぺんしかない。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「もう一遍いっぺん手紙を出してご覧な」と母がいった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もう一遍いっぺんだけ 見て来よう。
饑餓陣営:一幕 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)