“たいけん”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
帯剣30.8%
大権11.5%
泰軒11.5%
體驗7.7%
退謙7.7%
帶劍3.8%
体験3.8%
大劍3.8%
大堅3.8%
大憲3.8%
大權3.8%
大賢3.8%
待賢3.8%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
二人ともパンツのまま横になっていたので、上衣(うわぎ)を着ればよいのだ。巡査は用意の為に帯剣(たいけん)までつけて、階下に降りた。邸内は死んだ様に静まり返っている。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
第三十一条 本章ニ掲ケタル条規(じょうき)ハ戦時(せんじ)又ハ国家事変(じへん)ノ場合ニ於(おい)テ天皇大権(たいけん)ノ施行ヲ妨(さまた)クルコトナシ
大日本帝国憲法 (旧字旧仮名) / 日本国(著)
その愚楽老人の意見は、この忠相(ただすけ)、泰軒(たいけん)、愚楽(ぐらく)の三人会議の席上でまとまることがおおい。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
投機思惑(とうきおもわく)が止(や)まれば又(また)爲替相場(かはせさうば)は急激(きふげき)に下(さが)るのであり、此爲替相場(このかはせさうば)の急激(きふげき)なる騰落(とうらく)は、經濟界(けいざいかい)に少(すく)なからざる打撃(だげき)を與(あた)へたことを體驗(たいけん)して居(ゐ)るからして、それであるから投機思惑(とうきおもわく)の金(かね)を買取(かひと)る
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
功いよいよ高きほど、ご自身は、退謙(たいけん)をお示しあるべきです。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「雨(あめ)で困(こま)つたな、勘次(かんじ)は大分(だいぶ)勉強(べんきやう)する相(さう)だな」巡査(じゆんさ)は帶劍(たいけん)の鞘(さや)を掴(つか)んでいつた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「さうですなあ」巡査(じゆんさ)は首(くび)を傾(かたむ)けていつて更(さら)に帶劍(たいけん)の鞘(さや)を膝(ひざ)へとつて
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
兄(あに)のところへ、友(とも)だちが、たずねてくると、しぜんと生活(せいかつ)の感想(かんそう)や、世間(せけん)の様相(ようそう)が話(はなし)にのぼりました。兄(あに)のこれらの意見(いけん)も、このくつをはいて、あるくうちに得(え)られた体験(たいけん)でありましょう。
兄の声 (新字新仮名) / 小川未明(著)
長槍(ちやうそう)大劍(たいけん)非我事(わがことにあらず)
折々の記 (旧字旧仮名) / 吉川英治(著)
庵主の大堅(たいけん)和尚は、黒旋風の脅迫があったにも拘らず、清浄な庵内に、不浄の役人を踏み込ませることを嫌い、役僧、小僧、寺男二人と共に庵内に籠り、静かに経を読み、香を炊いて
朕祖宗(ちんそそう)ノ遺列(いれつ)ヲ承(う)ケ万世一系(ばんせいいっけい)ノ帝位(ていい)ヲ践(ふ)ミ朕(ちん)カ親愛スル所ノ臣民(しんみん)ハ即(すなわ)チ朕カ祖宗ノ恵撫慈養(けいぶじよう)シタマヒシ所ノ臣民ナルヲ念(おも)ヒ其(そ)ノ康福(こうふく)ヲ増進シ其ノ懿徳良能(いとくりょうのう)ヲ発達セシメムコトヲ願ヒ又其ノ翼賛(よくさん)ニ依(よ)リ与(とも)ニ倶(とも)ニ国家ノ進運(しんうん)ヲ扶持(ふじ)セムコトヲ望ミ乃(すなわ)チ明治十四年十月十二日ノ詔命(しょうめい)ヲ履践(りせん)シ茲(ここ)ニ大憲(たいけん)ヲ制定シ朕カ率由(そつゆう)スル所ヲ
大日本帝国憲法 (旧字旧仮名) / 日本国(著)
就(つい)ては近頃(ちかごろ)御無心(ごむしん)ながら、各位(かくゐ)御列席(ごれつせき)にて杢(もく)に大權(たいけん)を御任(おまか)せ下(くだ)されたし、さすれば、各位(かくゐ)の御威徳(ごゐとく)に重(おも)きを置(お)きて、是非(ぜひ)を謂(い)ふものあるまじければ、何卒(なにとぞ)左樣(さやう)御計(おはか)らひ下(くだ)されたく候(さふらふ)
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
孔明は辞して受けなかったが、大賢(たいけん)を聘(へい)すには礼儀もある。自分の志ばかりの物だからといわれて
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平家方からは、左大将重盛が三千余騎で、陽明(ようめい)、待賢(たいけん)、郁芳(ゆうほう)の三門を固め、宗盛、知盛(とももり)以下の諸将は、西南の守備に就いた。