頬冠ほおかぶ)” の例文
黒の頬冠ほおかぶり、黒の肩掛けで、後ろのはぼろぼろにきれかかっている。欄干から恐ろしい怪物の形がいくつもパリを見おろしている。
先生への通信 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その畳梯子を背中に背負った米友は、手拭を出して頬冠ほおかぶりをして、尻を引っからげてスタスタと田圃道を歩き出しました。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
うすよごれた手拭で頬冠ほおかぶりをした、百姓ふうの男が一人、芝金杉のかっぱ河岸がしを、さっきからったり来たりしていた。
あすなろう (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
うしろからしのぶようにしていておとこは、そういいながらおもむろに頬冠ほおかぶりをとったが、それは春信はるのぶ弟子でしうちでも、かわものとおっている春重はるしげだった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
宿をとりそこねた旅人のように、頬冠ほおかぶりをして、その上へ菅笠、あたりのわらを集めて腰に敷き、浜蔵の壁に腕ぐみでぐんにゃりとよりかかっている。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
駐在巡査が夜ふけて線路の下の国道を通りかかると、頬冠ほおかぶりをした大男が、ガードの上をスタスタと渡って行く。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
頬冠ほおかぶりに尻端折しりはしょり、草履は懐中へ忍ばせたものか、そこだけピクリと脹れているのが蛇が蛙を呑んだようだ。
三甚内 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
途中とちゅう帽子ぼうしを失いたれどあがなうべき余裕よゆうなければ、洋服には「うつり」あしけれど手拭てぬぐいにて頬冠ほおかぶりしけるに、犬のゆることはなはだしければ自ら無冠むかん太夫たゆうと洒落ぬ。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
振り返った欽之丞、弥蔵やぞうさえもこしらえて、頬冠ほおかぶりの中に匂う顔は、歌舞伎芝居の花道で見るような男振りです。
芳年写生帖 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
不思議な風体ふうていの百姓が出来上った。高瀬は頬冠ほおかぶり、尻端折しりはしょりで、股引ももひきも穿いていない。それに素足だ。さくの外を行く人はクスクス笑って通った。とは言え高瀬は関わず働き始めた。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
群の中にめずらしく兵さんの頬冠ほおかぶりしているのが見えた。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
頬冠ほおかぶりをした親父おやじがその竈の下を焚いている。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
燃えるようなまなざしで、馬道裏うまみちうらの、路地の角にる柳の下にったのは、せいの高い歌麿と、小男の亀吉だった。亀吉は麻の葉の手拭で、頬冠ほおかぶりをしていた。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
わざとこの店にひまをつぶしていると、そこへ頬冠ほおかぶりをしたたくましい馬子まごが一人、馬をいてやって来ました。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
とある村はずれの一軒屋の軒下に、その米俵を積んだ車が置いてあって、その横の縁台の上に、頬冠ほおかぶりをした男が大の字になって、グウグウとイビキをかいていた。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
農婦の派手な色の頬冠りをした恰好がポーランドあたりで見かけたスラヴ女の更紗さらさ頬冠ほおかぶりを想い出させる。それからまた、どこの国でも婆さんは同じような婆さんである。
札幌まで (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
筒袖つつそでの半天に、股引ももひき草鞋穿わらじばきで、頬冠ほおかぶりした農夫は、幾群か夫婦の側を通る。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「破れかぶれの頬冠ほおかぶりってね……どれわたしはあっちの部屋で……」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
表通りへ、駈け出しながら、頬冠ほおかぶりをする。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はじめのうちは頬冠ほおかぶりをしている者も多かったが、いつか知らずそれもけて落ちて、果ては自分の帯の解けて落ちたのを知らないで、踊り狂う女もありました。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
通りの片側には八百屋物やおやものを載せた小車が並んでいます。売り子は多くばあさんで黒い頬冠ほおかぶり黒い肩掛けをしています。市庁の前で馬車を降りてノートルダームまで渦巻うずまきの風の中を泳いで行きました。
先生への通信 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
米友は頬冠ほおかぶりをして、例の梯子くずしを背中に背負しょって、跛足びっこを引き引き大門おおもんを潜りました。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と言って、枕を拾ってお君に打ちつけたのは、怪しい頬冠ほおかぶりの男でありました。
お角が柳橋の袂まで来ると、頬冠ほおかぶりをして、襟のかかった絆纏はんてんを着た遊び人ていの男が、横合いから、ひょいと出て来て、いきなり、お角の差している傘の中へ飛び込んだから、お角も驚きました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
箒の手を休めて、頬冠ほおかぶりをちょいとはずしてお辞儀じぎをする。