銭湯せんとう)” の例文
旧字:錢湯
実におそろしい話です。その噂がそれからそれへと伝わって、気の弱いものは逢魔が時を過ぎると銭湯せんとうへも行かないという始末。
半七捕物帳:30 あま酒売 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
けれども、昨夜銭湯せんとうへ行ったとき、八百円の札束をかばんに入れて、洗い場まで持って這入って笑われた記憶については忘れていた。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
現在の銭湯せんとうと同じ構造の浴室に偏体疥癩へんたいかいらいの病人がうずくまり、十二ひとえに身を装うた皇后がその側に佇立ちょりつしている図である。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
銭湯せんとう今方いまがた湯を抜いたと見えて、雨のような水音みずおとと共にどぶからく湯気が寒月の光に真白まっしろく人家の軒下まで漂っている。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
男の夢を見た二三日のち、お蓮は銭湯せんとうに行った帰りに、ふと「身上判断みのうえはんだん玄象道人げんしょうどうじん」と云う旗が、ある格子戸造こうしどづくりの家に出してあるのが眼に止まった。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
次の日は、夜にって、彼が月島の自宅から、銭湯せんとうに行ってのかえりに、小橋こばしたもとから、いきなり飛び出して来た。
空中墳墓 (新字新仮名) / 海野十三(著)
『正直なとこ、中にゃあ、悪口を云ってる奴もありやすがね。——なあ勝公、銭湯せんとうてめえが聞いて来たっていうじゃねえか。何て云ったけな、あの狂歌は』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私はロースの煮えたのをほおばりながら、お客の顔や、女中たちの顔を眺めていた。まるで銭湯せんとうのような感じで、紅葉の胸飾りをしたおのぼりさんたちもいる。
貸家探し (新字新仮名) / 林芙美子(著)
鶴見はそれが夏時分であったということを先ずおもおこす。自家用の風呂桶ふろおけが損じたので、なおしに出しているあいだ、汗を流しにちょくちょく町の銭湯せんとうに行った。
若いくせに早くから二人も子供をんだ男がいて、よく街の銭湯せんとうで会うと、やっと二つか三つになった赤ん坊を流し場にならべ、楽しそうに鼻唄はなうたをうたいながら
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
それから釜山の事務所に帰って、銭湯せんとうに飛込むと、何か知らピリピリと足にみるようだから、おかしいなと思い思い、上框あがりかまち燈火あかりの下に来てよく見ると……どうだ。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
髪床かみどこ銭湯せんとう、碁会所、料理屋、人がふたり寄れば鯨の話。江戸じゅうがこの評判で湧きかえる。われも行けかれも行けと、江戸八百八町がこぞってどっと両国へ押しだす。
第六、上士族は大抵たいてい婢僕ひぼくを使用す。たといこれなきも、主人は勿論もちろん、子弟たりとも、みずから町にゆきて物を買う者なし。町の銭湯せんとうる者なし。戸外にいずればはかまけて双刀をたいす。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
福子が銭湯せんとうへ出かけた留守に、店番をしてゐた庄造は奥の間へ声をかけながら這入つて来ると、自分だけの小さなお膳で食事してゐる母親の側へ、モヂ/\しながら中腰にかゞんだ。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
自宅に風呂をはない時分には、つい近所の銭湯せんとうに行つたが、其所そこ一人ひとり骨骼こつかくの逞ましい三助さんすけがゐた。是が行くたんびに、おくから飛びしてて、ながしませうと云つては脊中せなかこする。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
きのうの夕方、と云ってもまだ七ツ半(午後五時)頃、近所の銭湯せんとうへ行ったが、その帰りに姿が見えなくなったと云うのです。
半七捕物帳:60 青山の仇討 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
洗髪あらいがみ黄楊つげくしをさした若い職人の女房が松の湯とか小町湯とか書いた銭湯せんとう暖簾のれんを掻分けて出た町の角には
伝通院 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ある時は海の中が銭湯せんとうのように黒い頭でごちゃごちゃしている事もあった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
よんどころなしに隣りの家へ行って訊くと、金次は家を明けっ放しにして近所の銭湯せんとうへ行ったらしいとのことであった。
半七捕物帳:02 石灯籠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この様子だけでも、老婆はもうそろそろ話をし出してもいい時分だと考えて、銭湯せんとうへの行きがけ、うちの様子を見がてら、それとはなく尋ねて来たのである。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そしてあかりのつく頃帰って来たお千代と一緒に、手を引き合わぬばかりにして近処の銭湯せんとうに行った。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
寒い風のふく宵に半七老人を訪問すると、老人は近所の銭湯せんとうから帰って来たところであった。
半七捕物帳:51 大森の鶏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
われ銭湯せんとうより手拭さげて帰りきた門口かどぐち京都より東上とうじょうせられし先生の尋ねきたらるるに会ひぬ。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
半七はその日から山谷の蕎麦屋を足溜りにして、油断なく小左衛門の出入りを窺っていたが、彼は近所の銭湯せんとうへ行くか、小買い物に出るほかには、何処へ出かけることも無かった。
半七捕物帳:49 大阪屋花鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かれは戸をあけ放したままで町内の銭湯せんとうへ出て行った留守であったが、られるような物のある家では無し、殊にその男の顔も見知っているので、女房も安心してそう教えたのであった。
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
向側は一町ほども引続いた練塀ねりべいに、目かくしのしいの老木が繁茂した富豪のあき屋敷。此方こなたはいろいろな小売店のつづいた中に兼太郎が知ってからのち自動車屋が二軒も出来た。銭湯せんとうもこの間にある。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
三馬さんばの作に「浮世風呂」の名があっても、それは書物の題号であるからで、それを口にする場合には銭湯せんとうとか湯屋ゆうやとかいうのが普通で、元禄げんろくのむかしは知らず、文化文政ぶんかぶんせいから明治に至るまで
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この貸間に引移ってから、もなく銭湯せんとうの中でむこうから話をしかけるまま心安くなった五十前後の未亡人らしい女である。湯の帰り、道づれになると、「お茶でも一つ上っていらッしゃい。」と言う。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
何かのことにかかりあって、詰まらない噂を立てられるのを、その時代の人はひどく嫌っていたので、喜平は銭湯せんとうへゆくほかには、日が暮れてから外出することを当分さし止められてしまった。
半七捕物帳:43 柳原堤の女 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
半七は更に表へ廻って、普通の客のように湯銭を払ってはいると、まっ昼間の銭湯せんとうはすいていた。武者絵を描いた柘榴ざくろ口のなかで都々逸の声は陽気らしくきこえたが、客は四、五人に過ぎなかった。
半七捕物帳:04 湯屋の二階 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「はい。よんどころなく町内の銭湯せんとうへまいります」
半七捕物帳:29 熊の死骸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)