襟頸えりくび)” の例文
「これじゃ(といってほこりにまみれた両手をひろげ襟頸えりくびを抜き出すように延ばして見せて渋い顔をしながら)どこにも行けやせんわな」
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼は昂然かうぜんとゆるやかに胸をらし、踏張つて力む私の襟頸えりくびと袖とを持ち、足で時折りすくつて見たりしながら、実に悠揚いうやう迫らざるものがある。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
「それはもう親分さん、——飛起きて聲を立てようとすると襟頸えりくびを押へて枕に仰向に押付けられ、喉笛を脇差でピタピタと叩くぢやありませんか」
男のふところ深くへ細やかな襟頸えりくびを曲げ、またっては、狂わしげに唇をさがしぬく黒髪にたいして、彼は意地わるく唇を与えないのだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お妾は抜衣紋ぬきえもんにした襟頸えりくびばかり驚くほど真白に塗りたて、浅黒い顔をば拭き込んだ煤竹すすだけのようにひからせ、銀杏返いちょうがえしの両鬢りょうびん毛筋棒けすじを挿込んだままで
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その方向へたしか十歩ばかり歩いたとき、ルグランは大きなのろいの声をあげながら、ジュピターのところへ大股につかつかと歩みより、彼の襟頸えりくびをひっつかんだ。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
霧のような雨がひやひやと襟頸えりくびに入るので、舌打ちして『星どころか』とかすかに言ったが、荒々しく戸を閉めたと思うと間もなく家の内ひっそりとなってしまった。
郊外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
いつもはしっかり北の方にまつわり着き、隙間もなく手足をからみ着かせて、二つの体が一つ塊のようになって寝ているのに、今朝は襟頸えりくびわきの下や方々に隙間が出来
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
まとまった詩だの歌だのを面白そうにぎんずるような手緩てぬるい事はできないのです。ただ野蛮人のごとくにわめくのです。ある時私は突然彼の襟頸えりくびを後ろからぐいとつかみました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と云いつつ突然ぐいと猿臂えんびを伸ばしてルパンの襟頸えりくびを掴んだ。何たる無礼の振舞だ!ルパンたるものいかにしてかくのごとき暴戻ぼうれいに忍び得よう。いわんや婦人の面前である。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
同時にかれは、寒さ以外のものを襟頸えりくびに感じて慄然ぞっとした——物凄いとも言いようのない左膳の剣筋を、そして、狂蛇のようなその一眼を、源十郎は歴然れきぜんと思いうかべたのだ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「……お宮はどうしても小間使というところだな。……それに襟頸えりくびが坊主襟じゃないか」
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
キャディが三人、一人はスマートで一人はほがらかな顔をしているがいずれも襟頸えりくびの皮膚が渋紙色に見事に染めあげられている。もう一人はなんだか元気がなくて襟頸もあまり焼けていない。
ゴルフ随行記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
グッとしゃくさわって男の襟頸えりくびを引っ掴んで力任せに投げ出したんです、するとちょうど隧道トンネルつかえた黒煙が風の吹き廻しでパッと私たちの顔へかかったんでどうなったか一切夢中でしたけれども
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
と怒鳴りながら駈けて来て、ギユツと、襟頸えりくびつかんで
子供に化けた狐 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
丸刈の襟頸えりくびが、顫へわななくのを感じてゐる
半分ほど襟頸えりくびに水がこぼれたけれども、それでも八っちゃんは水が飲めた。八っちゃんはむせて、苦しがって、両手で胸の所を引っかくようにした。
碁石を呑んだ八っちゃん (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「それはもう親分さん、——飛起きて声を立てようとすると襟頸えりくびを押えて枕に仰向あおむけに押付けられ、喉笛を脇差でピタピタと叩くじゃありませんか」
雪解のしずくは両側に並んだ同じような二階の軒からその下を通行する人の襟頸えりくび余沫しぶきとばしている。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
雨降る日は二十はたちばかりの女何事をかかしましく叫びつ笑いて町の片側より片側へとゆくにかさささず襟頸えりくびを縮め駒下駄こまげたつまだてて飛ぶごとに後ろ振り向くさまのおかしき
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
淫猥いんわいとも云えば云えるような陰翳いんえいになって顔や襟頸えりくびや手頸などを隈取くまどっているのであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
なに思ったか、クロの襟頸えりくびをかるくたたいて、スーと下へ舞いおりてきた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
姉の襟頸えりくびから両肩へかけて、妙子はあざやかな刷毛目はけめをつけてお白粉しろいを引いていた。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ムズと兆二郎の襟頸えりくびつかんだ。
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
じょは活発な足どりで、つかつかと舞台の前面に歩み出で、しなやかな襟頸えりくびから肩の筋肉を、へびけようとする人間のように、妙にくるくると波打たせながら、怪しい嬌態しなを作って
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
長いこと風呂へ這入はいらない顔や襟頸えりくびを簡単に洗っただけで、鏡台の前にすわって見ると、いかにも貧血しているのがよく分る色つやをしてい、我ながらやつれが目立っていることを感じたが
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
猫にほおずりをするたびに襟頸えりくび俯向うつむくのが見えるだけで、どんな顔つきをしているものとも分らないのであるが、でも幸子には、今雪子のお腹の中にある思いがどう云うことであるのか
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)