はなびら)” の例文
手に辛夷こぶしの花を持っているが、ふっくらとした頬はそのはなびらよりも白く、走って来たために激しくあえいでいる唇にも血気ちのけがなかった。
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
地は隈無く箒目の波を描きて、まだらはなびらの白く散れる上に林樾こずえを洩るゝ日影濃く淡くあやをなしたる、ほとんど友禅模様の巧みを尽して
巣鴨菊 (新字旧仮名) / 正岡容(著)
ぽとりぽとりと血の滴るようにはなびらが散って仕舞う、或は、奇岩怪石の数奇を凝らした庭園の中を、自分が蜻蛉とんぼのようにすいすいと飛んでいる。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
宮は牀几しようぎりて、なかばは聴き、半は思ひつつ、ひざに散来るはなびらを拾ひては、おのれの唇に代へてしきり咬砕かみくだきぬ。うぐひすの声の絶間を流の音はむせびて止まず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
幸ひ、一髮の違ひで避けましたが、帛紗は柱に碎けて、中から飛出したのは、小判で百枚、嵐に吹き散らした何かのはなびらのやうに、バラバラと亂れ散ります。
きょくの雪の様にいさゝか青味を帯びた純白のはなびら芳烈ほうれつな其香。今更の様だが、梅は凜々りりしい気もちの好い花だ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その傍に婦人用の牡丹色の繻子のスリッパが、一つは伏し一つは仰向いてはなびらのように美しく散っている。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
三月の末で、外は大分春めいて来た。裏の納屋なやの蔭にある桜が、チラホラ白いはなびらほころばせて、暖かい日に柔かい光があった。外は人の往来ゆききも、どこかざわついて聞える。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
目を瞑ると、好い香のするはなびらの中に魂が包まれた樣で、自分の呼氣いきが温かな靄の樣に顏を撫でる。
菊池君 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
暗褐色の髪を振り分けに編んだ小さなギリシャ型の頭や、情熱の泉のような菫色をした瞳、それに薔薇のはなびらの如き唇、ドリアンは泪のために娘の顔が見分け難くなる程感動した。
もてあそび窓の上のカーネーションのはなびらに戯れて眠り足りた私の頬に心地よく触れていった。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
卓子の上にある、彫刻を施したかめの中には、一輪の素枯れた白薔薇が生けてある。其はなびらは——一つだけ残つてゐたが——皆、香のいゝ涙のやうに落ち散つて、甕の下にこぼれてゐる。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
それは幾重にも幾重にも重つた莟の赤いはなびらを、白く、小さく、深くしべまで貫いて穿うがたれてあつた、言ふまでもなくそれは虫の仕業である。彼は厭はしげに眉を寄せながら尚もその上に莟を視た。
はらはらとはなびらのごと汗散ると暑き夏さへ憎からぬかな
晶子鑑賞 (新字旧仮名) / 平野万里(著)
泥まみれこれが櫻のはなびら
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
曉ひらくはなびら
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
私はベッドに半身を起して、窓越しに花壇一杯に咲乱れた、物凄く色鮮やかなダリヤの赤黒いはなびらを見ながら、体温計を習慣的に脇の下に挟んだ。
あやしと見返れば、更に怪し! 芳芬ほうふん鼻をちて、一朶いちだ白百合しろゆりおほい人面じんめんごときが、満開のはなびらを垂れて肩にかかれり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
幸い、一髪の違いで避けましたが、帛紗は柱に砕けて、中から飛出したのは、小判で百枚、嵐に吹き散らした何かのはなびらのように、バラバラと乱れ散ります。
すると彼女の顔いちめんが、露をはらったなにかのはなびらのように、みずみずしい精気を発するのが感じられた。
赤ひげ診療譚:06 鶯ばか (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
目をつむると、好いにほひのするはなびらの中に魂が包まれた様で、自分の呼気いきが温かなもやの様に顔を撫でる。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ちょうど、そこに赤いはなびらがひとつ落ち散っているようにも見えるかたちのいい唇を、すこし開けて、竜太郎の顔をふり仰いだまま、返事もしなければ、まじろぎもしないのである。
墓地展望亭 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
彼女はその椿のはなびらのような唇を二三度動かしたけれど、それは喋るつもりではなくただ微笑んだものらしかった。
植物人間 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
彼の病はいまだ快からぬにや、薄仮粧うすげしやうしたる顔色も散りたるはなびらのやうに衰へて、足のはこびたゆげに、ともすればかしらるるを、思出おもひいだしては努めて梢をながむるなりけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
散ったはなびらは溢れる水に乗ってくるくるとまわり、やがて追いつ追われつ井桁いげたの口から流れだしてゆく。
日本婦道記:桃の井戸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「こういう顔さ。肌は雪のように白く、うるしのような眼に、椿のはなびらよりも紅く可愛いい唇で……」
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
庭さきに暖い小春日の光があふれていた。おおかたは枯れたまがきの菊のなかにもう小さくしか咲けなくなった花が一輪だけ、茶色に縮れた枝葉のあいだから、あざやかに白いはなびらをつつましくのぞかせていた。
鼓くらべ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
葉子の血のはなびらのように赤い唇が、わなわなと顫えながら、近づいて来る……。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
彼女は、薔薇のはなびらのような頬をして、わざと向うを向いてしまった。
地図にない島 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
あの夢現ゆめうつつのまどろみの中に現われるのだ——あの素破すばらしい弾々だんだんたる肉体、夢の様な瞳、はなびらのような愛らしいくちびる、むちむちとした円い体の線は、くびれたような四肢を持って僕にせまって来るのだ
蝕眠譜 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)