茅葺かやぶ)” の例文
さりとて、往来にさまよっていては人目に立つと思ったので、彼は円通寺に近い一軒の茅葺かやぶき家根をみつけて駈け込んだ。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
茅葺かやぶきの合掌に、木額もくがくの白い文字が仰がれる。つばめの子が、そこらに白いふんをちらし、ピチピチとさえずりながら、足を洗っている城太郎を見おろしていた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
めぐらせた垣根かきね見馴みなれぬ珍しい物に源氏は思った。茅葺かやぶきの家であって、それにあし葺きの廊にあたるような建物が続けられた風流な住居すまいになっていた。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
私の泊って居る所は竹の柱に茅葺かやぶき屋根というごく粗末な家でその向う側にもまたそんなような家があります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
くわたけ高く伸びているので、遠くから望むと、旧家らしい茅葺かやぶきの台棟だいむね瓦葺かわらぶきのひさしだけが、桑の葉の上に、海中の島のごとくいて見えるのがいかにもゆかしい。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして今日こんにちなほ大神宮だいじんぐうはなんべんてかへてもかたちだけはむかしのまゝに、屋根やね茅葺かやぶき、はしら掘立ほつたて、そして白木しらきのまゝで、たかくちぎとかつをぎが屋根やねうへについてゐて
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
武家造りの母屋と、それに続く道場は茅葺かやぶきで、門人や召使たちの住む長屋は𣏕こけら葺きであった。
月の松山 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
道の片側に、一、二軒ずつの茅葺かやぶき屋根、中には噴出しの井戸もあって御休処の小旗、埃まみれの汗を拭って井水に浸したトコロテンの一すすり、なんともいえぬ味があった。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
老師の室の前の茅葺かやぶきの簷下のきしたを、合掌しながら、もはや不安でいっぱいになった身体をしいて歩調を揃えて往ったり来たりして、やはり老師さん! 老師さん! を繰返し続けたが
父の出郷 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
十字架は又十字の格子こうしめた長方形の窓に変りはじめる。長方形の窓の外は茅葺かやぶきの家が一つある風景。家のまわりには誰もいない。そのうちに家はおのずから窓の前へ近よりはじめる。
誘惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし、村とはいうものの、竹藪たけやぶの中にぽつんぽつんと小さな家が茅葺かやぶきの屋根をうかべているだけで、戸数は合せて四五十戸もあろうか、——どの家にも低い土塀どべいにかこまれた細葉の垣根があった。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
むかしの名所図絵ずえや風景画を見た人はみな承知であろうが、大抵の温泉宿は茅葺かやぶき屋根であった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
商法や行儀ぎょうぎを見習いに来ている子弟は、「親の在所が恋いしゅうて」と何気なく口ずさむうちにも、茅葺かやぶきの家の薄暗い納戸なんどにふせる父母のおもかげしのびつつあったであろう。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
三人が近よってみると、やはり田舎いなかは田舎で、街道を前に、崩れ築土ついじ茅葺かやぶき屋根。しかし、百樹の柳にくるまれて、それもと見えるばかりか、入口のれん(柱懸け)には
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
桁行けたゆき七間、梁間はりま四間半、茅葺かやぶ四注しちゅう造りで、表てに十帖の座敷が三つ、接待、中の間、上段の間とある。これらは南に面しており、裏の北側に化粧けわいの間と茶の間が続いていた。
谷間にはいつも彼の部落が、あめ安河やすかわ河原かわらに近く、碁石ごいしのように点々と茅葺かやぶき屋根を並べていた。どうかするとまたその屋根の上には、火食かしょくの煙が幾すじもかすかに立ち昇っている様も見えた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
第一だいゝち建築けんちくは、古墳こふん石室せきしつなども一種いつしゆ建築けんちくではありますが、人間にんげんなどのるいはどういふふうなものであつたかといふと、まへにもまをしたとほり、屋根やね草葺くさぶき、茅葺かやぶきあるひはまた板葺いたぶ
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
侍屋敷は土壁に茅葺かやぶきで、黒板塀くろいたべいがまわしてあり、堤に沿って学堂、牢舎ろうしゃ、家老屋敷と続いている。そして、道は堀川にゆき当り、石の架け橋を渡ると、城の大手門があった。
が、門の奥にある家は、——茅葺かやぶき屋根の西洋館はひっそりと硝子ガラス窓をとざしていた。僕は日頃ひごろこの家に愛着を持たずにはいられなかった。それは一つには家自身のいかにも瀟洒しょうしゃとしているためだった。
悠々荘 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
玉蔵院のお家は庭がひろくて、御隠居所は家族のおすまいとは離れた杉林の中に建っていた。茅葺かやぶきのひさしの深い造りで東から南へ縁側をまわし、十じょうのお部屋には北に面して書院窓が付いている。
日本婦道記:桃の井戸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)