花川戸はなかわど)” の例文
店の前まで来たときに、花川戸はなかわど鼻緒問屋はなおどんやの主人下田長造しもだちょうぞうあわてて駈けだす三男の素六を認めたので、イキナリ声をかけたのだった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
このお爺さんこそ安政あんせいの末から万延まんえん文久ぶんきゅう元治がんじ、慶応へかけて江戸花川戸はなかわどで早耳の三次と謳われた捕物の名人であることがわかった。
昨日の晩花川戸はなかわど寄席よせ娘浄瑠璃むすめじょうるりあげられる。それから今朝になって広小路ひろこうじ芸者屋げいしゃやで女髪結かみゆいが三人まで御用になりました。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
岸へ上った辺は花川戸はなかわどといいました。少し行くと浅草聖天町しょうでんちょうです。待乳山まっちやまの曲りくねった坂を登った上に聖天様の社があって、桜の木の下に碑があります。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
「白柄組の一人と知って喧嘩を売るからは、さてはおのれ等は花川戸はなかわどの幡随長兵衛が手下のものか」
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
さて、木は買いましたが、これを東京へ運ぶのが大仕事……どういうことにするかというと、今は三月ですから、五月までには浅草の花川戸はなかわど河岸かしまで着けるという。
『どうです、親方。花川戸はなかわどの辰親分の内で、いい賭場とばが開いていますぜ』と云うじゃありませんか。
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
よくもこう目が届いたものです、花川戸はなかわどの方から入って来た娘、町一杯に見通す位置に身を潜めて、路地の口から、こっちを眺めているのを平次は指さしているのです。
欄干にって下を見ると満潮まんちょう干潮かんちょうか分りませんが、黒い水がかたまってただ動いているように見えます。花川戸はなかわどの方から人力車が一台けて来て橋の上を通りました。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして自分は花川戸はなかわどに寄るところがあるからと、おたかは急ぎ足に別れていった。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それに町奴まちやっことか云いまして幡隨院長兵衞ばんずいいんちょうべえ、又は花川戸はなかわど戸澤助六とざわすけろくゆめ市郎兵衞いちろべえ唐犬權兵衞とうけんごんべえなどと云う者がありまして、其の町内々々を持って居て、喧嘩けんかがあればすぐに出て裁判を致し
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
山西はふと小女こむすめじぶんの知っている花川戸はなかわど安宿やすやどれ込もうと思いだした。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
花川戸はなかわど助六すけろく鼠小僧ねずみこぞう次郎吉じろきちも、或いはそうだったのかも知れませんね。
十五年間 (新字新仮名) / 太宰治(著)
助六すけろくに作り雷門前地内にて往来にむしろを敷きほんの手すさびに「これは雷門の定見世花川戸はなかわどの助六飛んだりはねたり」と団十郎の声色こわいろを真似て売りをりし由にて、傘の飛ぶのが面白く評判となり
江戸の玩具 (新字旧仮名) / 淡島寒月(著)
そのころ浅草花川戸はなかわどの神谷バーはまだ居酒屋式、ガラス戸のはまった粗末な構え、店前にはいつも多数の人力車が地方の停車場以上に集まって大した繁昌、函館屋とは全く客種の違った平民バー
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
知らせによって駈けつけた、花川戸はなかわど交番の巡査の指図で、発着所の若い者が、モジャモジャした死骸の頭の毛を掴んで引上げようとすると、その頭髪が頭の地肌から、ズルズルとはがれて来たのだ。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と源十郎が前方の栄三郎をみつめているうち、花川戸はなかわどのほうへ下らずに、栄三郎はまっすぐに仁王門から観音かんのんの境内へはいりこむ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
更に、驚くべきことは、この一団のうちに、花川戸はなかわど鼻緒問屋はなおどんや下田長造しもだちょうぞうの妹娘の紅子と、末子すえっこの中学生、素六とが、一隅いちぐうに慄えていることだった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
世の噂をきくに、隅田川の沿岸は向島のみならず浅草あさくさ花川戸はなかわどの岸もやがて公園になされるとかいう事である。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
家業を変えて肴屋さかなやを始め、神田かんだ大門だいもん通りのあたりを得意に如才なく働いたこともありますが、江戸の大火にって着のみ着のままになり、流れて浅草あさくさ花川戸はなかわどへ行き
でなければ渡しを渡って花川戸はなかわどへ出て、待乳山まっちやまを越して、横手から観音様へ這入はいります。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
戸外おもてへ出たが、の内の玉を取られたような心持で腕組をながら、気抜の為たように仲のちょうをぶら/\参り、大門を出て土手へ掛り、山の宿しゅくから花川戸はなかわどへ参り、今吾妻橋あづまばしを渡りに掛ると
文七元結 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
花川戸はなかわど助六すけろく鼠小僧次郎吉ねずみこぞうじろきちも、或いはそうだったのかも知れませんね。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「そうであります」曹長の声は、すこしふるえを帯びていた。「雷門かみなりもん附近の、花川戸はなかわどというところであります」
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
枕橋まくらばしの二ツ並んでいるあたりからも、花川戸はなかわどの岸へ渡る船があったが、震災後河岸通かしどおりの人家が一帯に取払われて今見るような公園になってから言問橋ことといばしけられて
水のながれ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
生酔いのように道路みちの真中を一文字に、見れども見えず聞けども聞かざるごとく、思案にわれを忘れて花川戸はなかわどの自宅に帰り着いた早耳三次は、呆れる女房を叱りとばして昼の内から酒にして
吾妻橋あずまばしの手前東橋亭とうきょうていとよぶ寄席よせかどから花川戸はなかわどの路地に這入はいれば、ここは芸人や芝居者しばいものまた遊芸の師匠なぞの多い処から何となく猿若町さるわかまち新道しんみちの昔もかくやと推量せられる。