翩々へんぺん)” の例文
その草原が尽きるあたりに、石の垣をめぐらせた、小さい赤塗りの家が一軒、岩だらけの山を後にしながら、翩々へんぺんと日章旗を翻している。
長江游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
日中には、何千となき白いちょうがそこに逃げ込んできた、そしてこの生ある夏の雪が木陰に翩々へんぺん渦巻うずまくのは、いかにもきよい光景であった。
くちばしで羽を抜き、翩々へんぺんとして白蓮の墜落するに似ているのを見て、犬が吠え人が集ったので、翼をつらねて天に沖し去り、遂に其所在を失った
マル及ムレについて (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
河水をわたる風は白く、蕭々しょうしょうと鳴るは蘆荻ろてき翩々へんぺんとはためくは両陣の旌旗せいき。——その間一すじの矢も飛ばなかった。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
万歳がそでひるがえして舞う。折から翩々へんぺんと散るたびら雪を蝶と見て、万歳の上にとまれといったのであろう。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
暖国の雪一尺以下ならば山川村里立地たちどころに銀世界をなし、雪の飄々ひょうひょう翩々へんぺんたるを観て花にたとへ玉に比べ、勝望美景を愛し、酒食音律の楽を添へ、に写しことばにつらねて
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
居睡りをしているのか?「牡丹花下の睡猫すいみょうは心舞蝶ぶちょうにあり」という油断のならぬ猫の空睡そらね,ここへ花の露を慕ッて翩々へんぺんと蝶が飛んで来たが、やがてはがいを花に休めて
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
彼はサイゴンの穀物の集散市場、その灰色の風景のなかの男であった。ドンナイ河に翩々へんぺんと帆かけた米穀輸出船は彼の指揮によって饑饉ききんと、戦禍の彼の本国に積出された。
新種族ノラ (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
市蔵は始め浮気を軽蔑けいべつしてかかった。今はその浮気を渇望している。彼は自己の幸福のために、どうかして翩々へんぺんたる軽薄才子になりたいとしんから神に念じているのである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかり、彼らが八幡はちまんの旗は、翩々へんぺんとして貿易風にひるがえり、その軽舟は、黒潮の暖流に乗じて、台湾、呂宋ルソンより、安南アンナンに及び、さらにスマタラ海峡を突過して、印度インド洋に迫らんとす。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
麦畑は四方の白雪皚々がいがいたる雪峰の間に青々と快き光を放ち、その間には光沢ある薄桃色の蕎麦の花が今を盛りと咲き競う、彼方此方かなたこなた蝴蝶こちょうの数々が翩々へんぺんとして花に戯れ空に舞い
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
荒浪あらなみ鞺々どう/\打寄うちよするみさき一端いつたんには、たか旗竿はたざほてられて、一夜作いちやづくりの世界せかい※國ばんこくはたは、その竿頭かんとうから三方さんぽうかれたつなむすばれて、翩々へんぺんかぜなびく、その頂上てつぺんにはほまれある日章旗につしようき
例へばちょうといへば翩々へんぺんたる小羽虫しょううちゅうの飛び去り飛び来る一個の小景を現はすのみならず、春暖ようやく催し草木わずかに萌芽ほうがを放ち菜黄さいこう麦緑ばくりょくの間に三々五々士女の嬉遊きゆうするが如き光景をも聯想せしむるなり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
また、遊軍とみえ、有海ヶ原いちめんに、山県隊、高坂隊の旗じるしが、夜目にも翩々へんぺんとうごいて見えた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
堤の両側はひら一面の草原で、その草の青々とした間からすみれ、蒲公英たんぽぽ蓮華草れんげそうなどの花が春風にほらほら首をふッていると、それを面白がッてだか、蝶が翩々へんぺんと飛んでいる。
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
赫々かくかくたる太陽が漸く西に沈んで、雲は一面紅になっている。日はもう落ちたが、全く暮れるにはまだ間がある。そういう空を蝙蝠が翩々へんぺんとして飛びつつある、という句である。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
いな向側を登りつくしてあの高く見えるひめがきの上に翩々へんぺんひるがえっているに違ない。ほかの人ならとにかく浩さんだから、そのくらいの事は必ずあるにきまっている。早く煙が晴れればいい。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
左備えには、翩々へんぺんと青旗が並んで見える。これは楽進のひきいる一船隊である。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
頭から云えば胡蝶のごとく、かく翩々へんぺんたる公衆のいずれをとらきたって比較されても、少しもはずかしいとは思わぬ。云いたき事、云うて人が点頭うなずく事、云うて人がたっとぶ事はないから云わぬのではない。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼方かなたの城頭には翩々へんぺんと、いく条かの旗幟きしが流れている。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)