うまれ)” の例文
中にカラブリアうまれの一美人ありて、群客の目をおどろかせり。その美しき黒き瞳はこれに右手めてを借したる丈夫ますらをの面に注げり。是れララと我となり。
既にして幾勢は再び黒田家の奥に入り、さきの主に仕へ、祐筆を勤め、又京都うまれの女中二人とともに、常に夫人の詠歌の相手に召されたさうである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「名医華陀かだの名はつとに聞いていた。沛国はいこく譙郡しょうぐんうまれで、以前、呉の周泰を療治した者ではないか」
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(彼はこの町のうまれなのだよ)その意気や愛すべしだが、可哀相に、先生芸というものを、とんだはき違えで解釈している。何よりも巧に化けることが、俳優の第一条件だと信じ切っている。
百面相役者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
紛々たる人のうわさは滅多にあてにならざか児手柏このでがしわ上露うわつゆよりももろいものと旁付かたづけて置いて、さて正味の確実たしかなところを掻摘かいつまんでしるせば、うまれ東京とうけいで、水道の水臭い士族の一人かたわれだと履歴書を見た者のはな
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
するとあがはなに腰を掛けて居たのは、吾妻郡あがつまごおり市城村いちしろむらと云う処の、これは筏乗いかだのり市四郎いちしろうと云う誠に田舎者で骨太な人でございますが、弱い者は何処までも助けようと云う天稟うまれつきの気象で、さんくらうまれ
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「やあ、君か。そうそう、君は湖南のうまれだったっけね。」
湖南の扇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かたぶけ六之助殿は江戸えどうまれの事にて何事も如才なきにより此事御斷おことわきりにもなるまじもし明日みやうにちにもまた誘引給さそひたまはゞ彼の地に行六之助殿にまけられてはおかほよごれることなれば金銀は隨分ずゐぶん奇麗きれいに御遣ひなされ斯樣々々になし給へと委細ゐさい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
市村氏はい酒のない土佐のうまれだつたから。
うまれ加州かしゅうざい、善光寺もうでみちなるよし
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
元と亞拉伯アラビアうまれなるが、をさなき時より法皇の教の庭にうつされて、こゝに生ひ立ち、今はこの學校の趣味の指南役、テヱエル大學院アカデミアの審美上主權者となりぬ。
「久無病脚訪江干。勝事索然奈老残。何料花園四時富。佳詩写得与余看。」当時百花園は尚開発者菊塢きくうの時代であつた。菊塢は北平きたへいと呼ばれて陸奥国のうまれであつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「では、其許そこもとは呉のうまれか」
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この男は近江国おうみのくに浅井郡のうまれで、わかい時に江戸に出て、諸家に仲間ちゅうげん奉公をしているうちに、丁度亀蔵と一しょに酒井家の表小使をして、三右衛門には世話になったこともあるので
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ヱネチアには我髮をる銚あるにあらねど、わがこれを憶ふ情は、恰も幻術の力の左右するところとなれるが如くなりき。われ若し山國やまぐにうまれならば、此情はやがて世に思郷病ノスタルジアなるべし。
それは紀州うまれのもので、何か人目をはばかるわけがあると云って、門外不出で暮していると云うのである。親切な町年寄は、若し取り逃がしてはならぬと云って、盗賊方二にんを同行させることにした。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)