狷介けんかい)” の例文
「イゴッソー」というのは郷里の方言で「狷介けんかい」とか「強情」とかを意味し、またそういう性情をもつ人をさしていう言葉である。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
狷介けんかい不覊ふきなところがある。酒を飲めば、大気豪放、世の英雄をも痴児ちじのごとくに云い、一代の風雲児をも、野心家の曲者しれもののごとくそしる。
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
腕に覺えのある良い職人が、酒と狷介けんかいわずらはされて、初老を過ぎて貧乏から脱けきれないみじめさは、平次にもよく解るやうな氣がしました。
読んで行くうちに、狷介けんかいにして善くののしり、人をゆるすことを知らなかった伯父の姿が鮮やかに浮かんで来るのである。羅振玉氏の序文にはまたいう。
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
もっと狷介けんかいな闘志満々たる態度と、舌端火を吐く熱弁家だと思っていたが、見たところ恰幅はまるで村夫子そんぷうし然としているしその声調もひどく穏やかで
夜明けの辻 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
赤木医師は風貌に似ず狷介けんかいな性格で、気に入らないとがみがみ叱ったり、診察を拒否したりするものですから、町内の評判はあまり良くないようです。
凡人凡語 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
ぼくは、彼が狷介けんかいなひねくれた態度を固執せずに、気持ちよくぼくにこたえてくれたことがむしょうにうれしかった。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
もちろん、性格の相違もその因をなしていた。忠右衛門は、穏和で寛宏であったが、左衛門は精悍せいかん狷介けんかいであった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ウルリーケの顔は、血を薄めたような灯影の中で、妙に狷介けんかいそうな、鋭いものに見えた。が、二人が座に着くと、それを待ち兼ねたように切りだした。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
したがって土佐出身の名士には親昵ちかづきがあったが、文人特有の狷介けんかい懶惰らんだとズボラが累をなして同郷の先輩に近づかず
それが故人はいやだったからだそうであるが、故人のそう云う狷介けんかいな性質が、処世的には大いにわざわいしたのであろう。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ぎ立てたようなトゲトゲした顔を狷介けんかいにふり立て、けわしく眼を光らせながら、そっぽをむいている。
ある人にとっては、ちまたの医師柘植宗庵であり、ある人にとっては、いながらにして各種の商売を支配し、ひそかに驚くべき利を上げてゆく、狷介けんかいなる江戸の富豪柘植宗庵であった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
孤高狷介けんかいのこの四十歳の天才は、憤ってしまって、東京朝日新聞へ一文を寄せ、日本人の耳は驢馬ろばの耳だ、なんて悪罵あくばしたものであるが、日本の聴衆へのそんな罵言の後には、かならず
ダス・ゲマイネ (新字新仮名) / 太宰治(著)
一人はKと云つて、豪放な人物、今一人は津下正高といつて、狷介けんかいな人物だといふことであつた。弟は後に才子を理想とするやうになつたが、当時はまだ豪傑を理想としてゐたのである。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
從つて何方かといふと狷介けんかいな、容易に人に親しまぬ態度も有つた。
我等の一団と彼 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
頭の鋭い狷介けんかいな老人で、非常な毒舌家であつた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
才学たかく、奇舌縦横ですが、生れつき狷介けんかいで舌鋒人を刺し、諷言飄逸ふうげんひょういつ、おまけに、貧乏ときていますから、誰も近づきません。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
腕に覚えのある良い職人が、酒と狷介けんかいわずらわされて、初老を過ぎて貧乏から脱けきれないみじめさは、平次にもよく解るような気がしました。
末路寂寞せきばくとしてわずか廓清かくせい会長として最後の幕を閉じたのはただに清廉や狷介けんかいわざわいしたばかりでもなかったろう。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
……自分では知らぬうちに、彼はこうして孤独好きな、幾らか狷介けんかいでかたくなな人間になっていった。
はたし状 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
隴西ろうさい李徴りちょうは博学才穎さいえい、天宝の末年、若くして名を虎榜こぼうに連ね、ついで江南尉こうなんいに補せられたが、性、狷介けんかいみずかたのむところすこぶる厚く、賤吏せんりに甘んずるをいさぎよしとしなかった。
山月記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
老巧狷介けんかいの刀士、もろに足をあおって栄三郎の頭上へ!……飛刀、白弧をひいて舞いくだった瞬間、体を斜めに腰かわした栄三郎の剣、チャリーン! 青光一散、見事に流すが早いか
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いずれ写真ぐらいは見るだろうが、俺は父によく似た狷介けんかいな容貌を持っている。
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
大町桂月けいげつ、福本日南等と交友あり、桂月をののしって、仙をてらう、と云いつつ、おのれも某伯、某男、某子等の知遇を受け、熱烈な皇室中心主義者、いっこくな官吏、孤高狷介けんかい、読書、追及
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ともに莱州らいしゅううまれだが、武芸はいずれ劣らない。慨世がいせいの気があり過ぎてかえって世にれられぬ狷介けんかいの男どもだ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
首尾よく合格して軍人となっても狷介けんかい不覊ふきの性質がわずらいをなして到底長く軍閥に寄食していられなかったろう。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
今の玄龍はその聟養子で、先代にまさると言はれた人氣でした。少なくとも男つ振りも辯口も、養父の玄策げんさくの粗野で狷介けんかいなのとは、比較にならぬほどの文化人だつたのです。
ひげの伯父のばつによれば、死んだ伯父は「狷介けんかいニシテク罵リ、人ヲゆるあたハズ。人マタツテ之ヲ仮スコトナシ。大抵視テ以テ狂トナス。遂ニ自ラ号シテ斗南狂夫トイフ。」
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
あの人は本当は狷介けんかいなのかもしれない。
いさましい話 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「それは、狷介けんかいといふものです。」
清貧譚 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
いわゆる世にれられない性格が、自然、世に対してそう云わせるものらしい。元来従順な典膳には、正直、師のそういう狷介けんかいなところには、好きになれないところもあった。
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
例えば西園寺さいおんじ侯の招宴を辞する如きは時の宰相たり侯爵たるが故に謝絶する詩人的狷介けんかいを示したもので政治家的または外交家的器度ではない——という、こういう意味の手紙であった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
……酒や我儘わがままだけならよいが、桔梗は、あんな口達者で狷介けんかいな人間は見たこともあるまいから、もし、彼の強引なわるさになどかからねばよいが、などと妙な不安にも襲われたりした。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二葉亭は本来狷介けんかい不覊なる性質として迎合屈従を一要件とする俗吏を甘んじていられないのが当然であって、八年の長い間を官報局吏として辛抱していたのは、上に自由なる高橋健三をいただいて
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
……あんな狷介けんかいな者のことばを、やすやす、お信じあそばす和子様も軽がるしい
「——延は矜高きょうこう。儀は狷介けんかい
三国志:12 篇外余録 (新字新仮名) / 吉川英治(著)