片鱗へんりん)” の例文
「やっぱり彼女の予感が当ったのかも知れない」と思うと、まだ片鱗へんりんをさえ聞かぬ、事件そのものにも、不可思議な興味を覚えた。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「ニッケルの文鎮」の中のラジオ小僧と私立探偵との知恵くらべの一くさりのごときはその片鱗へんりんをみせたものと言えるであろう。
探偵小説壇の諸傾向 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
自分を中心に渦巻いたあんな大騒動の片鱗へんりんをも記憶していないだろうし、生家のことなぞ夢にも知るまい。もちろん、名は変わっている。
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
日本本来の伝統に認識も持たないばかりか、その欧米の猿真似に至ってはたいをなさず、美の片鱗へんりんをとどめず、全然インチキそのものである。
日本文化私観 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
蕭照は、この人を知ることのおそかったのを悔いた。彼は初めからこの老画師に害意はもたなかったものの、また好意の片鱗へんりんも持たなかった。
人間山水図巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さすがに病床の粥腹かゆばらでは、日頃、日本のあらゆる現代作家を冷笑している高慢無礼の驕児きょうじも、その特異の才能の片鱗へんりんを、ちらと見せただけで
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
暗殺行為の片鱗へんりんが知られても、僕はこの上海から一歩も外に出ないうちに、銃丸じゅうがんらって鬼籍きせきに入らねばならない。
人造人間殺害事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
別に話といふほどの話はなかつたが、その態度の片鱗へんりんにも、容易に知ることの出来ない心理が深くかくされてあるのをかれは感ぜずには居られなかつた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
この文章の中に用いられている陰陽の考え方は勿論支那のものであろうが、それよりももっと興味のあるのは、この片鱗へんりんの中に現われている論理であろう。
語呂の論理 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
さうしてそれは平常、彼が考へても居ないやうな思ひがけない考への片鱗へんりんであるのに、しやべりながら気がついた。
が、こんな従妹となぞ、小半日鼻突き合わせていても、そうしたものの片鱗へんりんさえも感じはしないのです。私はまったくもう、あの二人にとらわれ切っていました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
ほとんどその片鱗へんりんをさえ伝えようとしなかったものでしたから、いよいよ右門が疑いの雲を深めているとき、通しの早駕籠はやかごかなんかで勢いよく駆け帰ってきたものは
もっとも、こういうことは、いくら秘密にしても、周囲の空気で何とはなしにわかることもあるし、何かのはずみで、話の片鱗へんりんぐらいは耳にはいらないものでもない。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
片鱗へんりん溌墨淋漓はつぼくりんりあいだに点じて、虬竜きゅうりょうかいを、楮毫ちょごうのほかに想像せしむるがごとく、芸術的に観じて申し分のない、空気と、あたたかみと、冥邈めいばくなる調子とをそなえている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
登山者は今少数の彼らに依って、僅かに昔ながらの山人の片鱗へんりんを見る事が出来るであろう。
案内人風景 (新字新仮名) / 百瀬慎太郎黒部溯郎(著)
蜀江しょくこうにしきは一寸でも貴く得難い。命の短い一葉女史の生活のページには、それこそ私たちがこれからさき幾十年を生伸びようとも、とてもその片鱗へんりんにも触れることの出来ないものがある。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それらの傑作を玩味がんみすべきものであるが、単に一般家庭人が、モーツァルトの美しさ、愛らしさ、燦然さんぜんたる天才の片鱗へんりんを知らんとするためには、子守唄の一曲、トルコ行進曲の一曲
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
故に日本の新しい童話には、この日本的性格の片鱗へんりんが映されていなければならぬ。
日本的童話の提唱 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その求むる原理の片鱗へんりんのごときものを認めうるのではないかと思うのである。
ルクレチウスと科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
が、これだけ引き出せば、どんな偶像でも、人間の片鱗へんりんは覗かせるだろうから、そこを掴めばいいと、あなたは簡単にお考えのようですね。ところが、ムッソリニの場合だけは、例外なのです。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
たとえばくびの周りとか、ひじとか、はぎとか、かかととか云う程の、ほんのちょっとした片鱗へんりんだけではありましたけれども、彼女の体が前よりも尚つややかに、憎いくらいに美しさを増していることは
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
不思議にもこの女にだけは人間的な片鱗へんりんを見せて、「浴槽の花嫁」で金を得次第、いつも矢のようにペグラアのもとに帰っている。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
内実ではより多くの例の「健全なる」道徳に呪縛じゅばくせられて、自我の本性をポーズの奥に突きとめようとする欲求の片鱗へんりんすらも感じてはいない。
デカダン文学論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
乃至ないしは、極度なる羞恥感、自意識の過重、或る一階級への義心の片鱗へんりん、これらは、すべて、銭湯のペンキ絵くらいに、徹頭徹尾、月並のものである。
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
買いかぶッてはおる。どう見ても義助には、あの正成に、韓信、張良の智謀の片鱗へんりんもあろうとは思えません
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この素人探偵は、警察があれ程騒いでも、片鱗へんりんさえ掴み得ぬ謎の犯人を、知っているというのだ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「もしもし、西洋の旦那」が持っているユーモアと俳味はいみとが、即ちそれなのである。巧いいい方はできないが、日本のこころがこういう言葉の中に、その片鱗へんりんを見せているような気がする。
日本のこころ (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
そういう素質の片鱗へんりんがあることによって、庄吉がそう書き、そう書かれることによって女房が自然にそうなり、自然にそうなるから、益々ますますそう書く。
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
その中にあって、彼も或る頃には、供の者六、七名を連れて遊歴したこともあるとはいうが、彼の作画などには、いわゆる桃山時代色の片鱗へんりんも影響していなかった。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
早い話が、ある貴族的な集会所でオブシーン・ピクチュアの活動写真をやったなんてことは、世間周知しゅうちの事実だが、あれを考えて見給みたまえ。あれなんか、都会の暗黒面の一片鱗へんりんに過ぎないのだよ。
覆面の舞踏者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
戦争を否定する気は起らなかった。けれども、殺戮さつりくの宿酔を内地まで持って来て、わずかにその片鱗へんりんをあらわしかけた時、それがどんなに悪質のものであったか、イヤになるほどはっきり知らされた。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
科学者の前に初めてその姿の片鱗へんりんあらわしたのである。
原子爆弾雑話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
それは芋虫の孤独であり、その絶対の孤独の相のあさましさ。心の影の片鱗へんりんもない苦悶の相の見るに堪えぬ醜悪さ。
白痴 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「古来、龍のはなしは、無数に聞いていますが、まだこれが真の龍だという実物は片鱗へんりんも見ませんが」
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おのずからえりを正したくなるほど峻厳な時局談、あるいは滋味きくすべき人生論、ちょっと笑わせる懐古談、または諷刺ふうし、さすがにただならぬ気質の片鱗へんりんを見せる事もあるのだが、きょうの話はまるで
黄村先生言行録 (新字新仮名) / 太宰治(著)
湖畔亭での十数日、当の犯罪事件に関係している間には、かつてその様な疑いの片鱗へんりんさえも感じなかった私が、今事件が兎も角も解決して、帰京しようという汽車の中で、ふと変な気持になったのです。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
家中の者の筆記なので、幾ぶん贔屓目ひいきめがあるとしても、その片鱗へんりんうかがうことができよう。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もっともらしい顔をして、れいの如くその学徳の片鱗へんりんを示した。
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それは古い戯曲や旧時代の読本よみほんなどで、あまりに誤られている変形のまぼろしであり、ほんとの宮本武蔵という人の心業しんぎょうは、ああいう文芸からは、片鱗へんりんもうかがうことはできない。
宮本武蔵:01 序、はしがき (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まして歴史限界のなかでは、片鱗へんりんでも描き出せれば凡筆の僥倖ぎょうこうだと思っている。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
弱冠、早くも孫策は、この一語のうちに、未来の大器たるの片鱗へんりんを示していた。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どんな真相なのやら、それすら片鱗へんりんも知ってない母子なのである。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)