烏羽玉うばたま)” の例文
烏羽玉うばたまより黒い黒髪を、ひるみもなく、川水にひたし、また川水を一心に浴びて、そこから見える神居かみいの森へ、夜もすがら、てのひらをあわせていた。
剣の四君子:03 林崎甚助 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「……あとには、そのが、うき思い、かかれとてしも烏羽玉うばたまの、世の味気なさ、身一つに、結ばれ、とけぬ片糸かたいとの、くりかえしたる独りごと……」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
お珊は帯留おびどめ黄金きん金具、緑の照々きらきらと輝く玉を、烏羽玉うばたまの夜の帯から星を手に取るよ、と自魚の指に外ずして、見得もなく、友染ゆうぜんやわらかな膝なりに
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
われはその後より続きて出でたり。戸外に出づるや否や部長殿を呼び止めたり。部長は立ち止まりぬ。談話は烏羽玉うばたまやみの真中にて立ちながら始まりぬ。
従軍紀事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
それから蝙蝠こうもりの飛んだかのように、人家の一つの表戸へ三人ながら身を寄せた。月光を軒がさえぎるのか、三人の潜んだその辺は、烏羽玉うばたまの闇に閉ざされている。
紅白縮緬組 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
烏羽玉うばたまの黒烏が何を苦んで白髪染を発明しましょうか? 必要のない専門医学が発達する筈はありません
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
烏羽玉うばたまの夢ちゅう物は誠に跡方もない物の喩えに引かるるが、古歌にも「夢と知りせばさめざらましを」と詠んだ通り、夫婦情切にして感ずる場合はまた格別と見え
叢林そうりんは大地を肉体として、そこから迸出ほうしゅつする鮮血である。くれない極まって緑礬りょくばんの輝きをひらめかしている。物の表は永劫えいごうの真昼に白みわたり、物陰は常闇世界とこやみせかい烏羽玉うばたまいろをちりばめている。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
雄〻しくも云ひ出でたれば、其心根の麗せきに愛でゝ、我また雄〻しくも丈なる烏羽玉うばたまの髪を落して色あるきぬを脱ぎ棄てさせ、四弘誓願しぐせいぐわんを唱へしめぬ、や、何と仕玉へる、泣き玉ふか
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
烏羽玉うばたまのわが黒髪は白川の、みつはくむまで老いにけるかな」(大和物語)という檜垣ひがきおうなの歌物語も、瑞歯含ミヅハクむだけはわかっても、水は汲むの方が「老いにけるかな」にしっくりせぬ。
水の女 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
その、作者にもちょっと区別のつかない烏羽玉うばたま闇黒やみ……。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
葬事はふりごと、まぐはひほがひ、烏羽玉うばたま黒十字架くろじゆうじか
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
烏羽玉うばたまの黒きダリヤを胸にあて
緑の種子 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
妙に白耳義が贔屓ひいきで、西班牙がすきな男だから、瓜のうつろへ、一つには蛍を、くびあかがねに色を凝らして、烏金しゃくどう烏羽玉うばたまの羽を開き、黄金きんと青金で光の影をぼかした。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
で、じっと隙かして見たが灯火のない宝蔵の内はいわゆる烏羽玉うばたまの闇であって、物の文色あやいろも解らない。信玄は背後を振り返って見た。規定さだめの人数に欠けた者もない。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
大江戸の深夜は、江戸人がよくいう“烏羽玉うばたまの闇”そのままの——巨大な暗さである。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
疲れたる膝栗毛に鞭打ちてひた急ぎにいそぐに烏羽玉うばたまの闇は一寸さきの馬糞も見えず。足引きずる山路にかかりて後は人にも逢わず家もなし。ふりかえれば遥かの山本に里の灯二ッ三ッ消えつ明りつ。
旅の旅の旅 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
日の金色こんじき烏羽玉うばたまよる白銀しろがねまじるらむ。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
それこそ烏羽玉うばたまの夜だった。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
何と絵蝋燭を燃したのを、簪で、そのまげの真中へすくりと立てて、烏羽玉うばたまの黒髪に、ひらひらと篝火かがりびのひらめくなりで、右にもなれば左にもなる、寝返りもするのでございます。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
止まれ止まれと声をらしているのは旅川周馬、指さして立っているのがお十夜孫兵衛、しなわせて烏羽玉うばたまの闇を切っている者は天堂一角。時々サッとその影を白くかするのは波飛沫しぶきだ。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
烏羽玉うばたま暗夜やみよの空を仰ぎみれば
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
中天にかすんで下は烏羽玉うばたま
艶やかな濡髪に、梅花の匂馥郁ふくいくとして、繻子しゅすの襟の烏羽玉うばたまにも、香やは隠るる路地の宵。格子戸をはばかって、台所の暗がりへ入ると、二階は常ならぬ声高で、お源の出迎える気勢けはいもない。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
烏羽玉うばたまの暗にも、かれの眼だけには何か見えるようです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いきおいよくかまちに踏懸け呼びたるに、いらえはなく、きぬ気勢けはいして、白き手をつき、肩のあたり、衣紋えもんのあたり、のあたり、衝立ついたての蔭に、つと立ちて、烏羽玉うばたまの髪のひまに、微笑ほほえみむかえし摩耶が顔。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)