深紅しんく)” の例文
ここへ今、灯がはいれば、たたみには深紅しんくの池が溜って、みじめに変わりはてた伊賀の若様の姿が、展開されるだろう——。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
やや大柄な童女が深紅しんくあこめを着、紫苑しおん色の厚織物の服を下に着て、赤朽葉くちば色の汗袗かざみを上にした姿で、廊の縁側を通り渡殿わたどの反橋そりはしを越えて持って来た。
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
右の方は、深紅しんく窓掛カアテンひだが私の視野しやを遮り、左の方は、透明な窓硝子が私を庇護かばつて呉れたが、荒凉くわうりやうたる十一月の日から私を引き離しては呉れなかつた。
その上にむらさきのうずまくは一朶いちだの暗き髪をつかねながらも額際ひたいぎわに浮かせたのである。金台に深紅しんく七宝しっぽうちりばめたヌーボー式のかんざしが紫の影から顔だけ出している。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あどけない雲が、きよめられ、光をにじませながら、奉仕する愛の童神たちのように、ばらいろの、うす青いもやのなかに浮動している。深紅しんくが海の上へおちる。
その胸のムックリと高い乳房と乳房の谷間には、黄金のつかの立派な短剣が、真直ぐに突き立って、その傷口から、ドクドクと、美しい深紅しんくの泉がふき出していた。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
紅い鳥が、青い樹間このまから不意に飛び出した。形は山鳩に似て、つばさ口嘴くちばしもみな深紅しんくである。案内者に問えば、それは俗に唐辛とうがらしといい、鳴けば必ず雨がふるという。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それは天井の高い、五けん四方ぐらいの部屋であった。幽雅な近代風のゴチック様式で、ゴブラン織の深紅しんくの窓掛を絞った高い窓が、四方の壁にシンカンと並んでいた。
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
髪は丸髷まるまげに結ひ、てがらは深紅しんくを懸け、桜色の肌理きめ細やかに肥えあぶらづいて、愛嬌あいけうのある口元を笑ふ度に掩ひかくす様は、まだ世帯の苦労なぞを知らない人である。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
数秒の後、まぶしい深紅しんくの光がえがいてあらわれたと思うと、数十本の櫟の幹の片膚かたはだが、一せいにさっとあわい黄色に染まり、無数の動かない電光のようなしまを作った。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
部屋の片隅に等身ほどもある、梵天ぼんてんめいた胴の立像があったが、その眼へ篏められてある二つの宝玉が、焔のような深紅しんくに輝いていた。紅玉などであろうかもしれない。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
貞世の髪はまた思いきって短くおかっぱに切りつめて、横のほうに深紅しんくのリボンが結んであった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それにいくらか押し出されて深紅しんくの花にまみれた椿つばきが、敷石の通路へ重たく枝を傾けている。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
深紅しんくの色の薔薇ばらの花、秋の夕日の豪奢はでやかさを思はせる深紅しんくの色の薔薇ばらの花、まだ世心よごころのつかないのに欲を貪る者の爲添伏そひぶしをして身を任すたふと供物くもつ僞善ぎぜんの花よ、無言むごんの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
『北越雑記』を見ると、北蒲原きたかんばら郡の加地庄かじのしょうの辺で藤布というのはすべてクズ、すなわち秋になって深紅しんくの花を開くくずの皮で製したもので、主としてはかまかみしもなどの用に製して販売していた。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
Ⅴ また、ピオは花をこのみ、ことに鶏血草の深紅しんくを強くめずるの癖あり。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大理石の爐には火が一杯靜かに燃え、蝋燭は卓子テエブルを飾つた華麗な花の眞中で、輝かしい孤獨の中に輝いてゐた。アーチの前には深紅しんく窓掛カアテンがかゝつてゐた。
歇私的里性ヒステリせいの笑は窓外の雨をいて高くほとばしった。同時に握るこぶしを厚板の奥に差し込む途端にぬらぬらと長い鎖を引き出した。深紅しんくの尾は怪しき光を帯びて、右へ左へうごく。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これにも種々あるらしいが、やはり普通の深紅しんく色がよい。オレンジ色も美しい。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
5 またピオは花をこのみ、ことに鶏血草の深紅しんくを熱愛する癖あり。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
深紅しんく松明たいまつの火の光が、その戸口から射し込んだ。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
また二つとも、白い葡萄と葉のついたつるの模樣の、雪白な剜形くりがたをつけた天井で、その下には深紅しんく寢臺ベッド褥椅子オットマンとが、豪奢な對照をなして、燃え立つやうに輝いてゐた。
ほそふくれたるかしらたなごころに握って、黄金こがねの色を細長く空に振れば、深紅しんくの光は発矢はっしと尾よりほとばしる。——次の瞬間には、小野さんの胸を左右に、燦爛さんらんたる金鎖が動かぬ稲妻いなずまのごとくかかっていた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)