木屑きくず)” の例文
細工場はいちだん低い土間どまになっている。のみをぐ砥石やら木屑きくずやら土器の火入れなど、あたりのさまは、らちゃくちゃない。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其処そこらの木屑きくずに火を移して読みますると、「我が恋は行方ゆくえも知らず果てもなし」までは読めましたが、あとしかと分りませぬ。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それはほかでもない。ホテルの裏口に積んであった空箱あきばこの山が崩れて、そのあたりは雪がふったように真白に、木屑きくずが飛んでいることであった。
○○獣 (新字新仮名) / 海野十三(著)
だ暑いから股引ももひき穿かず、跣足はだし木屑きくずの中についたひざもも、胸のあたりは色が白い。大柄だけれどもふとってはらぬ、ならばはかまでも穿かして見たい。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
醤油樽しょうゆだる、炭俵、下駄箱、上げ板、薪、雑多な木屑きくず等有ると有るものが浮いている。どろりとした汚い悪水おすいが、身動きもせず、ひしひしと家一ぱいに這入っている。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
黄金おうごんたっときも知る。木屑きくずのごとく取り扱わるる吾身わがみのはかなくて、浮世の苦しみの骨に食い入る夕々ゆうべゆうべを知る。下宿のさいの憐れにしていもばかりなるはもとより知る。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今更余計な仕業したりと悔むにもあらず、恐るゝにもあらねど、一生におぼえなき異な心持するにうろつきて、土間に落散る木屑きくずなんぞのつまらぬ者に眼を注ぎあがはなに腰かければ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
出水でみずのあと、おせんのためにその住居を直してれたり、仕事場から出る木屑きくずを夜のうちにそっと取っておいて呉れたり、また幸太郎の肌着にと自分の子の物をわけて呉れたり
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その晩も下宿で淋しい木屑きくずを噛むような夕飯ゆうはんをすますと、机の上の雑誌をってのぞいていたが、なんだかじっとしていられないので、活動でも見て帰りに蕎麦そばでもおうと思って
牡蠣船 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「変な、安もののかつおかきで、汗をかいて、かつおぶしをごしごしけずって、木屑きくずや、砂のようなけずり方をするより、上等のカンナでかく方が、どれだけ楽だかしれやしないよ」
カンナとオンナ (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
年に一度のお祭だというのに、今まで家で何をしていたのか、頭から木屑きくずだらけになり、強い薬品で焼焦げになった古帷子ふるかたびらを前下りに着て、妙なふうに両手をブランブランさせながら
算数は前に説明したように小石、木屑きくずあるいは貝殻で勘定する方法を教えて貰う。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
金額は六十三万フランで、全部銀行紙幣だったので、わずかなかさで一つの小箱に納めることができた。ただその小箱に湿気を防ぐため、更に栗の木屑きくずをいっぱいつめたかしの箱に入れておいた。
よく世間では肉を俎板まないたへ載せて庖丁でトントン叩いて細かくする人がありますけれどもあれは俎板の木屑きくずが肉へ混って病人に良くありません。今のように肉挽器械で二度も三度も挽くのに限ります。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
たぶん土蔵の修繕でもした時、木屑きくずまぎれて残ったのでしょう。
「番士。……蚊遣かやりが絶えた。またかや木屑きくずでもいてくれんか。生きているとは厄介なもの。この蚊攻めにもホトホトまいる」
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
余り静かだから、しばらくして、又しばらくして、くすのきごとにぼろぼろと落つる木屑きくず判然はっきりきこえる。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
堅い木をきざみにけずって、厚い木屑きくずが槌の声に応じて飛んだと思ったら、小鼻のおっぴらいた怒り鼻の側面がたちまち浮き上がって来た。そのとうの入れ方がいかにも無遠慮であった。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
白い短刀の切ッさきから、削らるる木屑きくずが、シュッシュッと顔や胸へ散ってくる。かれは知らず知らず一心になれた。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今はただ蚊が名物で、湯の谷といえば、まちの者は蚊だと思う。木屑きくずなどをいた位で追着おッつかぬと、売物の蚊遣香は買わさないで、杉葉すぎッぱいてくれる深切さ。縁側に両人ふたり並んだのを見て嬉しそうに
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すっ、すっ、と短いやいばの先に木屑きくずが白く舞った。見ているまに、手を入れて、錠を外すぐらいな隙があいた。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで、捨て置けない気がしたのであろう、武蔵は、膝の木屑きくずを払って、中二階の箱段を降りて行った。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)