摺違すれちが)” の例文
背後うしろから、跫音あしおとを立てずしずかに来て、早や一方は窪地の蘆の、片路かたみちの山の根を摺違すれちがい、慎ましやかに前へ通る、すりきれ草履にかかとの霜。
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
縁日えんにちの夜、摺違すれちがひに若き女のお尻をつねつたりなんぞしてからかふ者あり。これからかふにして何もその女を姦せんと欲するがために非ず。
猥褻独問答 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
宿やどの者此人を目科めしなさん」とて特に「さん」附にして呼び、帳番も廊下にて摺違すれちがうたびに此人には帽子を脱ぎて挨拶あいさつするなどおおい持做もてなしぶりの違う所あるにぞ
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
一度会ったら忘れる事の出来ない特徴のある人だから、その後往来で摺違すれちがたびにアノ人だなと思った。
衝突というわけではないが、危なく摺違すれちがって、見ると、これは穏やかならぬ同勢でありました。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と金をあらた請取うけとりを置いて出てきますと、摺違すれちがって損料屋そんりょうやが入ってまいりました。
途中は長い廊下、真闇まっくらなかで何やら摺違すれちがつたやうな物の気息けはいがする、これと同時に何とは無しにあとへ引戻されるやうな心地がした。けれども、別に意にもめず、用をすまして寝床へ帰つた。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
妾宅からの帰途横町の曲角で見覚えのある葉山に摺違すれちがった事もあった。見馴れない男持の巻煙草入まきたばこいれがお千代の用箪笥の上に載せてあるのを見た事もあった。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
くろ呼吸いき吐掛はきかけてたんださうです……釣臺つりだい摺違すれちがつてはひりますとき、びたりと、木戸きどはしらにはつて、うへひと蒼黄色あをきいろい、むくんだてのひらでましたつて……
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
青葡萄あおぶどう』という作に、自分はむちなわとで弟子を薫陶するというような事をいってるが、門下の中には往来で摺違すれちがった時、ツイ迂闊うかつして挨拶あいさつしなかったというので群集の中で呼留められて
竜之助が万年橋のつめのところまで来かかると、ふと摺違すれちがったのが六郷下ろくごうくだりの筏師いかだしとも見える、旅のよそおいをした男で、振分けの荷を肩に、何か鼻歌をうたいながらやって来ましたが、竜之助の姿を見て
呼吸いきを吹いたつらを並べ、手を挙げ、胸をたたき、こぶしを振りなど、なだれを打ち、足ただらを踏んで、一時ひといきに四人、摺違すれちがいに木戸口へ、茶色になっていて出た。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
摺違すれちがいざまに腰をかがめていそがし気に行過ぎるのは札差ふださしの店に働く手代てだいにちがいない。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
小児こどもが社殿に遊ぶ時、摺違すれちがって通っても、じろりと一睨ひとにらみをくれるばかり。威あって容易たやすく口を利かぬ。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
宗吉が夜学から、徒士町おかちまちのとある裏の、空瓶屋と襤褸屋ぼろやの間の、貧しい下宿屋へ帰ると、引傾ひきかしいだ濡縁ぬれえんづきの六畳から、男が一人摺違すれちがいに出てくと、お千さんはパッと障子を開けた。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雪枝ゆきえ一文字いちもんじまへ突切つゝきつて、階子段はしごだん駆上かけあがざまに、女中ぢよちゆう摺違すれちがつて
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)