揮毫きごう)” の例文
この年、私の「月蝕の宵」がお目に止まったものか、突然、「御前揮毫きごうをせよ」という電報を、京都の宅でお受けいたしました。
唐詩選五言絶句「竹里館ちくりかん隷書れいしょ——(無学文盲の農夫が発病後、曾祖父に当る漢法医の潜在意識を隔世的に再現、揮毫きごうせしもの)
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
漣は早くから小説の筆を絶ち、小波さざなみ伯父さんとなって揮毫きごうとお伽講話とぎばなしに益々活動しているが、今では文壇よりはむしろ通俗教育の人である。
米友が距離に誤まられて、意外に時間をつぶしたことの申しわけをしているのを、道庵はくうに聞き流し、それより道庵の揮毫きごうがはじまります。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
容易に君の揮毫きごうを得たるを喜んで皆ホクホクとして帰る。これらは君が人に頼まれて勉強する一例なり。(六月二十八日)
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
世にはまた色紙しきし短冊たんざくのたぐいに揮毫きごうを求める好事家があるが、その人たちがことごとく書画を愛するものとは言われない。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
田舎漢いなかもの無暗むやみ揮毫きごうを頼むからね。僕の親父なんかも時々書かせられるので六十の手習という奴をやっているよ」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そうして三月あまりを送るうちに、彼は伝兵衛の推挙で城の用人荒木頼母の伜千之丞から掛物の揮毫きごうを頼まれた。
半七捕物帳:33 旅絵師 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
後藤さんも満洲へ来ていただけに、字がうまくなったものだと感心したが、そのじつ感心したのは、後藤さんの揮毫きごうではなくって、清国皇帝の御筆おふでであった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
近頃某氏のために揮毫きごうした野菜類の画帖を見ると、それには従来の絵に見るような奔放なところは少しもなくて全部が大人しい謹厳な描き方で一貫している
しかし年月ねんげつはこの厭世えんせい主義者をいつか部内でも評判のい海軍少将の一人に数えはじめた。彼は揮毫きごうすすめられても、滅多めったに筆をとり上げたことはなかった。
三つの窓 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
老公の筆になる碑銘の「嗚呼忠臣楠子之墓」の揮毫きごうもできていたので、それを大事に持って、ふたたび上方かみがたへのぼって来る途中——箱根の山で拾った男であった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「江戸将軍家より招かれて百鬼夜行の大油絵を揮毫きごうするため上京し、只今ようやく帰られたところ」
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
退引のっぴきならず二階で、膝詰の揮毫きごうとなる処へ、かさねて、某新聞の記者、こちらは月曜附録とかいう歌の選の督促で一足おくれたが、おくれただけ、なお怒ったように、階子段はしごだん
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あるいは彼が五分をも要しない簡単な揮毫きごうのために少なからぬ報酬を要求することは
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
やり切れないこの気持でいるのにわたしはちょうど向島の三囲みめぐり稲荷に献額けんがくする現代江戸派の俳諧の揮毫きごうを頼まれて、これを書き上げるのに式日まで四五日の期日をあましているだけだ。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
先ず客を招く準備として、襖絵ふすまえ揮毫きごう大場学僊おおばがくせんわずらわした。学僊は当時の老大家である。毎朝谷中やなかから老体を運んで来て描いてくれた。下座敷したざしきの襖六枚にはあしがん雄勁ゆうけいな筆で活写した。
書は、人に揮毫きごうを頼まれるのが時間を食う。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
せっかく丹念に擂鉢すりばちにすり貯めて、その余汁をもって、道庵先生の揮毫きごうを乞わんものをと用意していた墨汁のすりばちを踏み砕いてしまいました。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
猪口兵衛は古い丸瓦の中へ泥墨を磨り流して、忙しそうに渋団扇へ揮毫きごうしながら、三畳一パイに並べていた。
三山は墓標に揮毫きごうするにあたって幾度も筆を措いて躊躇ちゅうちょした。この二葉亭四迷は故人の最も憎める名であった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
越後のある小都会の未知の人から色紙しきしだったか絹地だったか送って来て、何かその人の家のあるめでたい機会を記念するために張り交ぜを作るから何か揮毫きごうして送れ
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
柳営絵所えどころ預りは法眼狩野融川かのうゆうせんであったが、命に応じて屋敷に籠もり近江八景を揮毫きごうした。大事の仕事であったので、弟子達にも手伝わせず素描から設色まで融川一人で腕をふるった。
北斎と幽霊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この度の御下命も特に姫の御指命による御内意からの御依頼とやら申すことで、いろいろと新村博士からお話があり、更に全然新規に揮毫きごうしないでも途中まで進んだものでもあれば
そして、家にあれば必ず、四畳半の山紫水明処にこもって、揮毫きごうか、苦吟か、でなければ、二十余年間の心血を傾けてきた厖大ぼうだいな日本外史の草稿の中に埋もれて、その校筆に夜をてっした。
梅颸の杖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
毎年庭の梅の散りかける頃になると、客間の床には、きまって何如璋の揮毫きごうした東坡とうばの絶句が懸けられるので、わたくしは老耄ろうもうした今日に至ってもなおく左の二十八字を暗記している。
十九の秋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その揮毫きごうがなかなかはかどらないので、五、六日前にも千之丞はその催促に来た。しかしその催促以外に、なにかの意味でおげんが千之丞を嫌っていることを、澹山もうすうすさとっていた。
半七捕物帳:33 旅絵師 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
弥之助は先年その農場に遊んで同氏の為に「菜王荘」の額面を揮毫きごうして上げた事がある、そこで早速同氏に当てて「モンペ」調製の依頼をすると直ちに快諾の返事が来た。
たとえば故○○君のごとく先生に傾倒して毎週ほとんど欠かさず出入りして、そうして先生の揮毫きごうを見守っていた人が、やはり普通の意味でお弟子と言われるかどうか疑問である。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
晩年には益々ますます老熟して蒼勁そうけい精厳を極めた。それにもかかわらず容易に揮毫きごうの求めに応じなかった。ことに短冊へ書くのが大嫌いで、日夕親炙しんしゃしたものの求めにさえ短冊の揮毫は固く拒絶した。
鴎外博士の追憶 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
と、戴宗はまず銀子ぎんす五十両をさきに出して、鄭重ていちょうに、碑文ひもん揮毫きごうを依頼した。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
講じ書を揮毫きごうしてその報酬を旅費に当てたのである。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ズブリと硯田けんでんにそれを打込んで、白雲の揮毫きごうの真中へ、雲煙を飛ばせてしまいました。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その中には漢学者では息軒そっけん鶴梁かくりょう宕陰とういん、詩人では五山、星巌、枕山、湖山、画家では老山、柳圃、晴湖等その他各方面の一流の近代名家の揮毫きごうがあって、一枚々々随意のものをがして売っていた。
揮毫きごうを依頼したものであろう。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
特に一幅の揮毫きごうを請うて子孫に伝えようとする者もなし、ありとすればお絹が帯を締めながら、感心によくお手習をなさいますね、今に菅秀才かんしゅうさいになれますよ——なんぞといって賞めるのと、それから
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)