とぼそ)” の例文
千束の寮のやみの、おぼろの、そぼそぼとふる小雨の夜、狐の声もしみじみと可懐なつかしい折から、「伊作、伊作」と女ので、とぼそで呼ぶ。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
寝しずまった町はひそやかで、両側の家々はとぼそしとみも、門も窓もとざしてしまって、火影ほかげ一筋洩らしていなかった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
竹のとぼそのわびしきに、七日あまりの月のあかくさし入りて、一二九ほどなき庭の荒れたるさへ見ゆ。ほそき灯火ともしびの光窓の紙をもりてうらさびし。ここに待たせ給へとて内に入りぬ。
れとなやみておくさま不覺そゞろうちまどひぬ、此明このあけくれのそらいろは、れたるときくもれるごとく、いろにしみてあやしきおもひあり、時雨しぐれふるかぜおとひととぼそをたゝくに
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
誰やら柴のとぼそをおとづれるものがあつたによつて、十字架くるすを片手に立ち出でて見たれば、これは又何ぞや、藁屋の前にうづくまつて、うやうやしげに時儀じぎを致いて居つたは、天から降つたか、地から湧いたか
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
つら/\年月の移りこしつたなき身のとがを思ふに、ある時は仕官懸命の地を羨み、一度ひとたび仏籬祖室ぶつりそしつとぼそに入らむとせしも、たより無き風雲に身を責め、花鳥に情を労して暫く生涯のはかり事とさへなれば
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
藤蔓ふぢつるにてくゝしとめしきゐもなくてとぼそとす。
訪なふは啄木けら鳥かや雪のとぼそ
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
はたとばかりにとぼそをとざしぬ。
狂ほしく胸のとぼそに吹き入つて
深夜の道士 (新字旧仮名) / 富永太郎(著)
そのため旅人は路程を迂回まわり、家々ではとぼそを閉じまするような有様。既に柱松はしらもとに陣を取り、明朝此方へ取りかからん構え、必死に見えましてござりまする
赤坂城の謀略 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
庭のいさごは金銀の、雪は凍った、草履でよし、……瑠璃るりとぼそ、と戸をあけて、硨磲しゃこのゆきげた瑪瑙めのうの橋と、悠然と出掛けるのに、飛んで来たお使者はほおの木歯の高下駄たかあしだ
とぼそ漏る赤きとぼしに照らされて
夜の讃歌 (新字旧仮名) / 富永太郎(著)
彼処かしこなり。とぼそのかげ
燈明の火が明るく輝き、紫の幕が、華やかにえ、その奥から、真鍮しんちゅうびょうを持ったほこらの、とぼそが覗いていた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
たしかにここと見覚えの門のとぼそに立寄れば、(早瀬、引かれてあとずさりに、一脚のベンチに憩う。)
湯島の境内 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
恋女房の御新造ごしんぞさんへ見せたさに、わざと仏壇の蝋燭を提灯に、がたくり格子も瑠璃るりとぼそ、夜の雪のてた道さえ、瑪瑙めのうの橋で出なすったのに……ほんとうにその時のお胸のうちが察しられます。