屋形やかた)” の例文
その監獄はどこにあったか、場所は知らないが、隣村川辺かわなべ屋形やかたという所で、そこには郡役所もあり、色々の公の役所があった。
故郷七十年 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
近江おうみのお屋形やかたといわれる佐々木六角の一族とも、婚約政策がむすばれた。——で、岐阜城はここ両三年、ほとんど、祝い事で忙しかった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここも然るべき殿上人の屋形やかたであったのを、去年から新しい主人に横領されたもので、庭の奥には大きい古池が薄月の下に黒く淀んでいた。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
無論博士の心の臓は化粧箱に入れた儘、奈良の屋形やかたに残してゐるに相違なかつたが、博士は直ぐそのあとを慕つて、遙々はる/″\博多までくだつて往つた。
ほて、お母はん一遍本人をおこしやす、私からよう言うて聴かすさかい、いうておくれやすので、それで今日あの子もちょっと屋形やかたへいとります。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
姫君はさう云ふ父母ちちははと一しよに、六の宮のほとりにある、木高こだか屋形やかたに住まつてゐた。六の宮の姫君と云ふのは、その土地の名前につたのだつた。
六の宮の姫君 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
九州でも今の地理からすれば辺陬へんすうと称しても好い土地に祖先以来の屋形やかたがある。小高い野づかさが縦に列んでいるのが特異な景観として目につきやすい。
御門の左わきにある赤尾美作守みまさかのかみどのゝ屋形やかたへおのがれになりまして、やがてお腹を召されました。
盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ふと見れば、桟橋さんばしに一さうの舟がつないであつた。船頭が一人ともの方にうづくまつてゐる。土地のものが火事なんぞの時、荷物を積んで逃げる、屋形やかたのやうな、余り大きくない舟である。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
通らんとする時御徒士目附聲をかけしばらく御まちあるべし小石川御屋形やかたの御使者御供の人數を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
遊覧船は屋形やかたあるいは白のテントを張って、日本ラインの上流より矢のように走って来る。その光、光、光。あたか中古伝説レジェントの中の王子の小船のようにちかりちかりとその光は笑って来る。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
そして屋形やかた船で雪見酒をやり乍ら、木場あたりの川岸へつけて、障子の蔭から鯨骨と象牙の一尺ばかりの小竿を出し、炬燵にあたりながら、タナゴを釣つて白焼きにし、三杯酢につけて酒の肴にした。
日本の釣技 (新字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)
私が御案内をしますからとって、爺さんに暫らく目をつぶらせ尻尾しっぽにつかまらせて、その小さな穴から鼠の屋形やかたに入って行くのである。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
紫のとばりが、信長と蘭丸だけのいる一囲ひとかこいを、めぐっていた。近習の多くはみなともの方に陽の直射を浴びている。川舟なので屋形やかたは小さかった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
姫やわかの顔、女房にょうぼうののしる声、京極きょうごく屋形やかたの庭の景色、天竺てんじく早利即利兄弟そうりそくりきょうだい震旦しんたん一行阿闍梨いちぎょうあじゃり、本朝の実方さねかた朝臣あそん、——とても一々数えてはいられぬ。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「そうですか。……しかし私には幾ら惚れていてもその女の抱えられている屋形やかたまで押しかけてゆくのは何となく遠慮があって、それは出来なかったのです」
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
(突く眞似をする。しばしの沈默。)斯くしてやう/\馬を得たれば、無事に伊豆まで乘りつけて、おなじ月の十七日には八牧やまき屋形やかたを攻めほろぼし、源氏再興のもとゐをひらく。
佐々木高綱 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
彼女の家は「樽屋」という一時繁栄した店で、隣村のいまの市川町屋形やかたという土地からそこに貰われて来た養女の、それも「おせん」といった。
故郷七十年 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
女房にょうぼうも死ぬ。わかも死ぬ。姫には一生会えぬかも知れぬ。屋形やかたや山荘もおれの物ではない。おれは独り離れ島に老の来るのを待っている。——これがおれの今のさまじゃ。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
“……上達部かんだちべ殿上人てんじやうびとの、とのゐ所、心をつくしてまうけたり。内侍ども、屋形やかたをしつらひてぞ、おのおの過ごしける。月の頃ならましかば、いかばかりおもしろからまし”
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大納言師道もろみち卿の屋形やかた築地ついじの外にも、その柳の葉が白く散っていた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
青糸毛あおいとげだの、赤糸毛あかいとげだの、あるいはまた栴檀庇せんだんびさしだのの数寄すきを凝らした牛車ぎっしゃが、のっしりとあたりの人波を抑えて、屋形やかたに打った金銀の金具かなぐを折からうららかな春の日ざしに
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
表積おもてづみは半分に称しているが、長さ十八けん、幅七間、二十四反帆たんぼ、二十四挺櫓ちょうろ、朱の欄干を立てめぐらし、金ちりばめの金具かなぐ屋形やかた結構けっこうさ、二十五万石の太守のお座船だけあって
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
能代のしろ湊の眠流しは、ことに目ざましいものであったという。高さは三丈四丈、横幅は二丈、屋形やかた人形さまざまの巧みを尽し、ろうを引いた紙で五彩を色どり、年々新を争うて入費を惜しまなかった。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
妹脊山の屋形やかたは三月の雛祭で雛鳥が人形の首を打ち落す。
近松半二の死 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
「おお、大儀。大儀。それで予の腹も一先ひとまず癒えたと申すものじゃ。が、とてもの事に、その方どもは、予が車を警護かたがた、そこな老耄おいぼれを引き立て、堀川の屋形やかたまで参ってくれい。」
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
神崎郡の名家で、川辺かわなべ(神崎郡市川町)に近い屋形やかた出身の、かつて京城大学教授をしていた内藤吉之助という人があった。この人のお父さんは久三郎といって、私を大変世話してくれた人であった。
故郷七十年 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
のみならず鬼が島に生き残った鬼は時々海を渡って来ては、桃太郎の屋形やかたへ火をつけたり、桃太郎の寝首ねくびをかこうとした。何でも猿の殺されたのは人違いだったらしいといううわさである。
桃太郎 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)