寥々りょうりょう)” の例文
さるにても、御坊塚おんぼうづかのこの本陣も昼の一頃ひところにくらべると、何と、寥々りょうりょうたる松風の声ばかりではあると、彼は、憮然ぶぜんとして見まわした。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あたかも道路の予定線の網のみが系統的に整備しておって、しかしてその線をたどる通行人の極めて寥々りょうりょうたるがごときものである。
その源平藤橘を自称する系図の如きも、史家の研究を経てその確実を証明しえるものは、極めて寥々りょうりょうの数であると謂ってよい。
一転すると悲壮沈痛にして、抑えがたき感慨がこもる。朦朧もうろうとして春の宵の如きところから、寥々りょうりょうとして秋の夜の月のように冴え渡って行く。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
俳句からいったら少しも珍しくないのでありますが——になりますとまことに寥々りょうりょうとして数えるほどのものしかありません。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
稲が深々と実って、稍々やや低地に建てられた農家をおおうばかりである。それが鬱蒼うっそうたる森蔭もりかげにまでつづいた豊かなしかも寥々りょうりょうたる風景を私は好む。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
骨身になるはずの博物館の方へ行く美術家は実に寥々りょうりょうたるものがある。むしろ専門家でない愛好者が見に行っている。
伝不習乎 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
K紙の威力は最も貧弱でその読者も寥々りょうりょうたるものであったが、ときたま鍋や洗面器を抱えた拡張員が風の如く現われては不意打をくわせるのである。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
が、普通読者間にはやはり豚に真珠であって、当時にあってこの二篇の価値を承認したものは真に寥々りょうりょう晨星しんせいであった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
第二に、寂々せきせき寥々りょうりょうたる場所に多き事情あり。第三に、死人ありたる家、久しく人の住まざりし家、神社仏閣、墓畔ぼはん柳陰りゅういんのごとき場所に多き事情あり。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
その中にアングルス人種に属するものが何人あるかといえば、その割合の寥々りょうりょうたるには一層驚かざるを得ない。
民族優勢説の危険 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
生ていたころの木魚もくぎょのおじいさんと三人、のどかな海に対して碁を打ち暮した。島には木橋の相生橋あいおいばしが懸っていたばかりで、橋の上を通る人は寥々りょうりょうとしていた。
古来邦画家は先人の画風を追従するにとどまって新機軸を出す人は誠に寥々りょうりょうたる晨星しんせいのごときものがあった。これらは皆知って疑わぬ人であったとも言われよう。
知と疑い (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
たまには詩のみ評するもの、劇のみ品するものもあるが、しかしそれすら寥々りょうりょうたるものである。
作物の批評 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかしどちらの屋台もしいんと静まり返って、まことに寥々りょうりょう、客らしい客の姿もないのである。
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
ナポレオン大帝いえるあり「食いぎて死するものはくい足らずして死するものよりも多し」と、人口稠密なるわが国においてすら餓死するものとては実に寥々りょうりょうたるにあらずや
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
満園ノ奇香微風ニ動クハ菟裘ときゅうノ薔薇ヲううルナリ。ソノ清幽ノ情景ほとンド画図モ描クあたハズ。文詩モ写ス能ハザル者アリ。シカシテ遊客寥々りょうりょうトシテ尽日じんじつ舟車ノ影ヲ見ザルハ何ゾヤ。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この時かかる目的の為に外面そといでながら、外面に出て二歩三歩ふたあしみあしあるいて暫時しばし佇立たたずんだ時この寥々りょうりょうとして静粛かつ荘厳なる秋の夜の光景が身の毛もよだつまでに眼にしみこんだことである。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
老師の右手めてが上がり、何か口まで持って行ったが、これぞ西班牙イスパニアの楽器の一つ、枝笛コロネと名を呼ぶ小笛であって、たちまち泣くがよううらむがような悲哀悽愴せいそうの鋭い音色が寥々りょうりょうとして流れ出で
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
これ数の天然に出るものにして、いきおいの必至なるものなり(謹聴々々)。今の時に当て、紅海以東、独立国の躰面を全うし自国の旗章を掲ぐるものは、寥々りょうりょうとして暁天の星の如し(謹聴)。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
寥々りょうりょうとして寒そうな水が漲っている。助け舟を呼んだ人は助けられたかいなかも判らぬ。鉄橋を引返してくると、牛の声はかすかになった。壮快な水の音がほとんど夜を支配して鳴ってる。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
でもたとえ小さな旅でも、二日の外房州のあの寥々りょうりょうたる風景は、私の魂も体も汚れのとれた美しいものにしてくれた。野中の一本杉の私は、せめてこんな楽しみでもなければやりきれない。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
喜びの一行と共に太宰府へ向う彼の顔は、寥々りょうりょうたる微笑ほほえみをたたえていた。
神の言を説いても、信じて受ける人は寥々りょうりょうたるものです。
とにかく、彼の死後は、しばらくの間、天地も寥々りょうりょうの感があった。ことに、蜀軍の上には、天うれい地悲しみ、日の色も光がなかった。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
燃えさかっていた野火も消えてしまい、それを消そうと騒ぎ廻った人も在らず、寥々りょうりょうたる広野の淋しさを感じた時に、ふと気がつきました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
意義があるのでは無いでしょうか? 企てている者きわめて寥々りょうりょう
又復与太話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
百貨店マーケットの屋上のように寥々りょうりょうとした全生活を振り捨てて
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
晩年、岩殿山霊巌洞いわとのやまれいがんどう枯骨ここつを運んで、坐禅しながら死を待つあの寥々りょうりょうとした終焉しゅうえんの身辺も、この家庭から生んだものと僕は思う。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二人もまた期せずして、そちらへ廻ったけれども、そのあたりは、いつも寥々りょうりょうたる広野の心持のするところです。しかるに今宵は、その辺で人声が噪がしい。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
史料はあさりつくした感じをもっていたが、それ以後に、新しく発見されたものといっては、文献でも画蹟でも、殆ど、寥々りょうりょうというほどもないのである。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふたりは、あたりを見まわして、寥々りょうりょうたる味方の影に、歯がみをして、死地はここ、死すは今、と観念した。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寥々りょうりょうとした星ばかりならいいが、消えなんとする燈心の細いほのおが、いやな陰気の這い廻るのを目に見せます。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それに鎌倉じゅうは無人寥々りょうりょうなさいであったから、この騒ぎにもほかには出で合う人影などまったくない。
それを明らかにしてよく生命をいとしんでいる人間などは、寥々りょうりょうたる星のごときものであろう。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すぐ、頼尚よりひさは先に立った。しかし寥々りょうりょうたる陸上の人数である。尊氏も不安なきをえなかった。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ耳にふれてくるものは、蕭々しょうしょうと鳴る秋風のおと、寥々りょうりょうとすだく虫の音があるばかり。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
のみならず、さきに従えてきた五千余の兵力も、その半分は、兵糧移送の輜重しちょうにつけて、漢中へ先発させ、西城県の小城のうち、見わたせば、寥々りょうりょうたる兵力しか数えられなかった。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寥々りょうりょうたる人数にすぎないが、彼のいる所、すでにそのまま総司令部である。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なるほど、寥々りょうりょうと、そよぐ風のとぎれに、笛のえた音がながれてきた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寥々りょうりょうの破旗悲風に鳴り、民の怨嗟えんさと哀号のまとになった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ寥々りょうりょうたる夕闇があるだけだった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)