むかし)” の例文
わたしはやはり、本居先生の歌にもとづいて、いくらかでもむかしの人の素直すなおな心に帰って行くために、詩を詠むと考えたいんです。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
むかしの学者は『書を以て書を読む』と言つてゐるが、実際さういふ風にならなければ、複雑な進んだ読方は出来ないものである。
小説新論 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
むかしでも画をめるのに、「美くしい」といってほめる人より、「実物の通り」といってほめる人が多かったに違いない。
金の卵を産むにはとりを持つてゐるものは、何よりもまづその卵のすうを控へ目にさせなければとむかしの人も言つてゐた。
むかしこの猿ヶ馬場には、渾名あだな熊坂くまさかと言った大猿があって、通行の旅人を追剥おいはがし、石動いするぎの里へ出て、刀のつば小豆餅あずきもちを買ったとある、と雪の炉端ろばたで話がつもる。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鴻巣こうのすにいたりて汽車を棄て、人力車くるまを走らせて西吉見の百穴あなに人間のむかしをしのび、また引返して汽車に乗り、日なお高きに東京へ着き、我家のほとりに帰りつけば
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
るべきものがない以上は、古い道徳にらなくてはならない、むかしかえるが即ち醒覚せいかくであると云っている人だから、容貌も道学先生らしく窮屈に出来ていて、それに幾分か世とさかっている
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ああやっぱり? ……むかしの人はいいことをいっている。“人に千日のいい顔なし、花に百日のくれないあらじ”と。……無理もねえ。兄貴は欠かさず役署づとめ。家のことはお構いなしの性分だ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また五處の屯倉みやけ一九を副へて獻らむ(いはゆる五處の屯倉は、今の葛城の五村の苑人なり。)然れどもその正身ただみまゐ向かざる故は、むかしより今に至るまで、臣連二〇の、王の宮にこもることは聞けど
露西亜ロシア人、または名も知らない島々から漂着したり帰化したりした異邦人の末とは違ひ、その血統はむかしの武士の落人おちうどからつたはつたもの、貧苦こそすれ
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
むかしから智仁勇といふ言葉がある。」と侯爵はかう言つて、魚のやうに口をとがらせて皆の顔を見た。
いわんや待望の雨となると、長屋近間の茗荷畠みょうがばたけや、水車なんぞでは気分が出ないとまだむかしのままだった番町へのして清水谷しみずだにへ入り擬宝珠ぎぼしのついた弁慶橋で、一振柳を胸にたぐって
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とにかくむかしは画具などの不自由から、写実の道はどうしても発達し切れないので、強く欲しつつその不足を皆が皆装飾によって足していた。この意志は日本画の歴史を見ると解ると思う。
ずつとむかしの幸四郎である。——が、ある時芝居の初日がはねてうちへ帰つて来た。そして長火鉢の前に坐つて、女房かないを相手に酒を飲みながら、今日の舞台の出来を彼是取沙汰してゐた。
「どうでせう、美保の關の人間くらゐむかしを守つてゐるものも、めづらしいでせうな。親代々から鷄も飼はず、孫子に傳へて玉子も食はないなんて、そんなところが他にありませうか。」
山陰土産 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
それには一週間ばかり以来このかた、郵便物が通ずると言うのを聞くさえ、かりはつだよりで、むかしの名将、また英雄が、涙に、ほまれに、かばねうずめ、名を残した、あの、山また山、また山の山路を、かさなる峠を
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ある皮肉家ひにくやが、むかしの詩人は血で書いた、中頃なかごろになつては墨汁インキで書いた、それがごく近頃になつては墨汁インキに水を割つて書くやうだと言つたが、涙にしても水を割つたら、直ぐ瓶に詰まりさうなものだが
むかし本陣ほんぢんかまへのおほきなたてものは、寂然ひつそりとしてる。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
遠きむかしを忍ぶらむ
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)