半刻はんとき)” の例文
やや半刻はんときほどは、灯も白々と、以後の物語りで二人とも持ちきった。そして、上杉憲房の蔭での大きな働きに話はやがて移っていた。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あと半刻はんときぐらいだと思います」と登は云った、「意識もないし、もう苦痛も感じないでしょう、半刻はもたないかもしれません」
「さようでござりやす。気分がすぐれぬとか申して、てまえがこちらへ出かける半刻はんときほどまえに、親もとへ帰りましたげにござりやす」
「親分方へ正伝寺と言ったが、あれは広徳寺の間違いだから、大急ぎで親分方に教えて来ると言って、半刻はんときばかり前に出かけましたよ」
鉢巻をしめて頭上に松明たいまつをさしこみ、これに火をともして荒れ模様の夜の海を半刻はんときあまりも泳いできたのである。
わが血を追ふ人々 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
さて其の後、二人とも何処いづこにか行きけむ。声も無く、足音もきこえず。半刻はんときあまりの間、寺内、森閑として物音一つせず。谷々に啼く山鶯の声のみ長閑のどかなり。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
角町から三筋通り、辻を曲がって藪小路、さらに花木町緑町、聖天しょうでん前を右へ抜け、しばらく行くと坂本町……二人の武士は附かず離れず半刻はんときあまりも歩いて行った。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
これから半刻はんときばかり以前の事である。藤判官とうほうがんの屋敷を、表から襲った偸盗ちゅうとうの一群は、中門の右左、車宿りの内外うちそとから、思いもかけず射出した矢に、まず肝を破られた。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「まだお帰りではねえのです。半刻はんときほど前から、お客さんが見えて、待っていなさるけれど」
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
天地は広大だが、われらの眼の力は、十里の先は及ばない。いまという今は、海原うなばらしか見えないが、便り船はついそこまで来ていて、半刻はんときのうちに、帆影を見せまいものでもない。
藤九郎の島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
半刻はんときほども黙って坐っていると、藪蚊が四方から物凄いほどに唸って来た。
すべてはものの半刻はんときたぬ、ほんのわずかののことでございました。
ものの半刻はんときばかりで、お由利もかえってまいりました
それから小半日——いや實は四半刻はんとき(三十分)とも經たないのですが、外で待つてゐる八五郎には、小半日ほどの長さに感じたのです。
その間に船津橋をくぐってすぐに左の三角、えびす島の船番所で、川支配の役人から定例じょうれいのとおりな船検ふなあらためをされる。この間が約半刻はんとき
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一カ所は方面違いの厩河岸うまやがしぎわですがね、その飛び離れたところへ、半刻はんときと違わねえのに同一人らしいおかしな野郎が押し込みゃがってね
姫への教授は一回に半刻はんときと定っていた。磯野女史によく注意されたが、ほんの型を教えるだけで、それもごく控えめにやらなければならない。
みずぐるま (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
半刻はんときあまりも経った頃、正次と篠姫と和田兵庫とが、書院でつつましく話していた。正次の前には三宝に載せた「養由基」の一巻があった。姫から正次へ譲られたものである。
弓道中祖伝 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あのさむらいものはまだ半刻はんとき、小半刻ここにいる。その間に帰ったら、また明日出直してこい。お彼岸ももうすぎた、今日でなければ網をおろせないということもあるめいからの。
顎十郎捕物帳:04 鎌いたち (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ひかれて一年間ただ遊ばせた利子は母家から返済していただかねばなりません。年利一割半の算用で、ちょうど今日が満一年目、元日に半刻はんときかかっても二年目の利子をいただきまする
三度三度その通りで、半刻はんときも経って行ってみると、膳の物は綺麗にたべ尽してあるそうでございます。まあ、それで当分は何事もなかったのでございますが、四月の二十日はつかのことだと申します。
半七捕物帳:20 向島の寮 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それから約半刻はんとき……と申しますと只今の一時間で御座いますな。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
皆川半之丞は、再三再四断りましたが、平次はそれに押っ冠せて、根気よく、頼み込み、とうとう半刻はんとき(一時間)ほど経った頃
半刻はんときの余も、泳いでは河原に上がって、太陽に肌をき、また、川へ躍り入っては、河童かっぱのように、存分水とたわむれていた信長は
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寝所へはいり、灯を暗くして、夜具の中へ横になってから、およそ半刻はんときあまりすると、さらに思いがけないことが起こった。
いさましい話 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
とぼとぼと出かけていったその伝六が、駕籠をつらねて可賀ともどももどり帰ったのは、半刻はんときとたたないまもなくでした。
この時から半刻はんときばかり経った時、龕燈の光で往来みちを照らしながら、老人と少年と女猿廻しとが、秋山様通りの辺りを通っていた。昨夜ゆうべ御用地の林の中にいた、その一組に相違なかった。
仇討姉妹笠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その声におどろかされて、ある人々はかれの指さす方に眼をやったが、広い干潟ひがたに潮のよせてくるような景色はみえなかった。きょうの夕潮までにはまだ半刻はんときあまりの間があることは誰も知っていた。
半七捕物帳:32 海坊主 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
でも、ほんの四半刻はんときの又半分ほどの間に二千五百兩の小判の入つた三つの錢箱が、左吉松の手で爐の下に隱されたことは確かだ。
「これやあ、城とも呼べない小城じゃないか。陪臣者ばいしんものの佐久間の家来が住むにはかっこうな虫籠むしかごだ。踏みつぶすには、半刻はんときともかかるまい」
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それはほぼ半刻はんときくらい経ってからのことであるが、彼女がそう思ったのと符を合わせたように、甲斐がおくみと呼びかけた。
城主丹羽にわ長国は、置物のようにじっと脇息きょうそく両肱りょうひじをもたせかけて、わざとあかりを消させた奥書院のほの白いやみの中に、もう半刻はんとき近くも端座しなが
十万石の怪談 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
(ナーニ半刻はんときのご辛棒で。自然と息を吹き返しまさあ)
怪しの者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そのうえ床をいだり、天井を覗いたり、清吉まで手伝って半刻はんとき(一時間)ばかり掻き廻しましたが、小判はおろか、びた一枚出て来ません。
半刻はんときも経ったろうか。もう剣槍のひびきもなく、館もあらまし焼け落ちたかと思われる頃、井戸のふちで明智の兵の声がした。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
半刻はんときばかりまをつなぐのが双方とも精いっぱいだったろう、女中が火のはいった行燈を持って来たのをしおに、さわは立ってその座敷を去った。
榎物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
秋たちこめた江戸は、松に栄えたほりばたあたり、柳並み木の行き行く道に、わびしげなわくら葉を散らして、豆名月の月の出にはもう半刻はんときとない暮れ六ツ少し手前でした。
「おおよそ半刻はんとき、半刻前じゃ」
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして、都田川を背水はいすいにしいて、やや、半刻はんときあまりの苦戦をつづけていると、フイに、思いがけぬ方角ほうがくから、ワーッという乱声らんせいがあがった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次と八五郎は、それから半刻はんとき(一時間)ばかり、舞台の下の土まで掘って捜しましたが、そこには金の茶釜などを隠した様子もありません。
彼は半刻はんときばかりそうしていた、自分の孤独な性分や、母と折合えない淋しさや、生きることがいかに退屈であるか、などということを云い続けた。
おばな沢 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かれこれも半刻はんとき近くにもなるのに、どうしたことかなしのつぶてでしたから、物に動じない名人もいささか腹をたてて、いぶかりながらふたりのお小屋へ自身迎えにいってみると
出口は錠前じょうまえ、窓は鉄格子、半刻はんときあまりも押したり探ったりしているうち、隅の床板に、指が一本入るくらいな穴を見つけた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それに、時計もラジオもない世の中で、半刻はんとき(一時間)や四半刻しはんとき(三十分)の喰い違いは、どうにでも誤魔化ごまかせたのです。
ゆみは半刻はんときほどまえに発作を起こしたが、いつもの薬を飲んで熟睡したから、鍵を掛けて出て来た、ともお杉は云った。
丁日ちょうびは呉服橋北町お番所の面々、半日はんび数寄屋橋すきやばし南町お番所詰めの面々が、秋口のひと月間、一日おきにこのお馬場へやって来て、朝のうちの半刻はんときずつ馬術を練るならわしなのです。
だいたい五十回ばかりの予定で始めたのであるが、第一日の講義を半刻はんときほど聴いたとき、とつぜん「ああ」という奇妙なうめきのような声をあげた。
桑の木物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それから半刻はんときともたたないうち、喜連格子はちゃんと閉まって、元の通り、ここに何の異常も認められなくなっている。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ところで番頭さん、あれだけの鋸引のこぎりびきが、聞えなかつたのは何う言ふわけだらう。あんな大穴を二つもあけるには、どうしたつて半刻はんときはかゝるが」
半刻はんときたっても、一刻たっても、奇態と姿を見せなかったものでしたから、名人も少々不審の首をかしげているとき——、ドコドコ、ドコドンと景気よく鳴りだしたのは、娘手踊りの小屋からか