下膨しもぶく)” の例文
白砡はくぎょくに彫った仏像みたいにその寝顔は気品にかがやいていた。やや面長で下膨しもぶくれの豊かな相形そうぎょうである。何の屈託くったくもないようないびきすら聞かれた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうしてひどく下膨しもぶくれであった。顎などは二重にくくれていた。眉は太くかつ長くピンと尻刎しりはねに刎ね上がっていた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
蔵前くらまえふうの根の高いのめし髷。紫の畝織縮緬うねおりちりめんに秋の七草を染めた振袖。下膨しもぶくれのおっとりした顔つきの十六七の娘。
顎十郎捕物帳:20 金鳳釵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ひげのない下膨しもぶくれの顔はてらてら脂ぎった感じで、どちらかと云えば気味の悪いような印象であった。多分その男の皮膚は限りもなく厚いのであろう。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
と軽い返事で、身軽にちょこちょこと茶の間から出たおんなは、下膨しもぶくれの色白で、真中からびんを分けた濃い毛のたばがみすすびたが、人形だちの古風な顔。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小初は、「がったん、すっとこ、がったん、すっとこ」そういいながら、あらためて前に組み合せた両肘の上に下膨しもぶくれの顔をせてねむりそうな様子をする。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
これも粗末ではあるが、鼠色がかった白釉の肌合も、鈍重な下膨しもぶくれの輪郭も、何となく落ちついていい気持がするので、試しに代価を聞いてみると七拾銭だという。
ある日の経験 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
自分は若い時分から老成ぶる癖があったから、人一倍早く年を取る傾向があるのだ。———要は下膨しもぶくれの頬を見せているお久の横鬢よこびんと、舞台の小春とを等分に眺めた。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
お光は、お勝の下膨しもぶくれの顏から、小ひさな膝の上へ眼を移しつゝ、何んとはなしにほろりとした。
兵隊の宿 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
流行の庇髪ひさしがみ真物ほんものの真珠入の鼈甲櫛べっこうぐし、一重まぶた下膨しもぶくれ。年の頃は二十二三であろうか。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
小机にもたれて、眼をらしておりますが、下膨しもぶくれの細面が、類のない上品さです。
おていは下膨しもぶくれの、眼の大きい、まるで人形のような可愛らしい顔の娘で、繻子奴しゅすやっこ扮装いでたったかれの姿は、ふだんの見馴れているおこよすらも思わずしげしげと見惚みとれるくらいであった。
私の目の前にいる麗子は細面の下膨しもぶくれで、その長い睫毛に被われた夢みるような両眼を軽く閉じて口許に可愛らしい微笑さえ浮べながら、昔の恋人との話を楽しそうに語り出すのを聞いて
消えた霊媒女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
はかったようにえくぼを左右へ彫り込んだ下膨しもぶくれの頬。豊かにくくった朱の唇。そして蛾眉の下に黒い瞳がどこを見るともなく煙っている。矢がすりの銘仙に文金の高島田。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
小机にもたれて、眼をらして居りますが、下膨しもぶくれの細面が、類のない上品さです。
立停たちどまって、女のその雪のような耳許みみもとから、下膨しもぶくれのほおけて、やわらかに、濃い浅葱あさぎひもを結んだのが、つゆの朝顔の色を宿やどして、加賀笠かががさという、ふちの深いのでまゆを隠した、背には花籠はなかごあし脚絆きゃはん
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三津子さんはわたくしと同い年の廿一で、年よりも若くみえるたちの人でしたが、一年あまり逢わないうちにめっきりとけたようで、眼の美しい下膨しもぶくれの顔が少し痩せたようにも見えました。
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
陣刀、鎧櫃よろいびつ胡簶やなぐいなどを、いかめしく飾った大床を背にし、脇息にもたれている兄六郎の、沈思する顔を見守りながら、舎弟の七郎は色白下膨しもぶくれの、穏かな顔を少しひそめて火桶の胴をすっていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
はかつたやうにゑくぼを左右へ彫り込んだ下膨しもぶくれのほお。豊かにくくつた朱の唇。そして蛾眉がびの下に黒い瞳がどこを見るともなく煙つてゐる。矢がすりの銘仙に文金ぶんきんの高島田。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
才はじけた性質を人臆ひとおくしする性質がぼかしをかけている若者は何か人目につくものがあった。薄皮仕立で桜色の皮膚は下膨しもぶくれの顔から胸鼈へかけて嫩葉わかばのようなにおいと潤いを持っていた。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼はやゝ下膨しもぶくれの瓜実顔うりざねがおの、こんもり高い鼻の根に迫らぬやう切れ目正しくついてゐる両眼の黒い瞳に、長い睫毛まつげを煙らせて、地を見入つてゐるときには、何を考へてゐるか誰も察しがつかなかつた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
だが珍らしく映画館の中などで会うと、復一は内心に敵意をおさえ切れないほど真佐子は美しくなっていた。型の整った切れ目のしっかりした下膨しもぶくれの顔に、やや尻下りの大きい目が漆黒しっこくけむっていた。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)