遣場やりば)” の例文
かえって夫人がさしうつむいた、顔を見るだにあわれさに、かたえへそらす目の遣場やりばくだんの手帳を読むともなく、はらはらと四五枚かえして
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あの時お前のおとっさんは、お前の遣場やりばに困って、阿母おっかさんへのつらあてに川へでも棄ててしまおうかと思ったくらいだったと云う話だよ。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
で、なく、あの迷妄を一途いちずに持ち続けていたらあの遣場やりばのない情熱のために、この身は風船のように破裂したに相違あるまい。
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
遣場やりばのない視線をば追々に夏の日のさし込んで来る庭の方へ移したが、すると偶然垣根の外には大方一月寺いちげつじあたりから来る虚無僧こむそうであろう
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
うなるとすこ遣場やりばこまるのね」とうつたへるやう宗助そうすけげた。實際じつさい此所こゝげられては、御米およね御化粧おつくりをする場所ばしよくなつて仕舞しまふのである。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
『濟まなかつたわ。』と何氣なく言つたが、一寸目の遣場やりば困つた。そして、微笑ほゝえんでる樣な靜子の目と見合せると色には出なかつたが、ポッと顏のあからむを覺えた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
すたすたと、先を歩いて行きながら、そこらの木の葉をむしって、木の葉笛を吹いてみたり、俗歌を唄ってみたり、石を蹴ってみたり、なにか遣場やりばのない気持を抱いているらしいので、お通がまた
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なさけなさの遣場やりばのない、……そんな時、世の中に、ただ一人、つらい胸を聞かせたし、聞いてほしし、慰めてももらいたいのは、御新造さんばかりでしょう。
「こうなると少し遣場やりばに困るのね」と訴えるように宗助そうすけに告げた。実際ここを取り上げられては、御米の御化粧おつくりをする場所が無くなってしまうのである。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と見ると山内は喰かけの麦煎餅の遣場やりばに困つた様に、臆病らしくモヂ/\して、顔を赧めて頭を下げた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
気の荒い母親からのがれて、娘の遣場やりばに困っている自分の父親も可哀そうであった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ただ腰をかけている間、あたりには何一ツ見るものがない為、遣場やりばのない眼をそう云う人達の方へ向けるというまでの事で、心の中では現在世話になっている姉の家のことしか考えていない。
或夜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すぐの長火鉢の前に媽々は控えた、顔の遣場やりばもなしに、しょびたれておりましたよ、はあ。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
『ハ?』と言つて、安藤は目の遣場やりばに困る程周章まごついた。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
私は目の遣場やりばに困りました。往来のかよいも、ぎっしり詰って、まるで隙間がないのです。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
腕は鳴っても、遣場やりばのない鉄鎚かなづちを取りしめて……火鉢に火はなし、氷のように。
なんですかね、島流しまながしにでもつて、こゝろ遣場やりばのなさに、砂利じやりつかんでうみ投込なげこんででもるやうな、心細こゝろぼそい、可哀あはれふうえて、それ病院びやうゐん土塀どべいねらつてるんですから、あゝ、どくだ。……
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
かんざしの花がりんとして色が冴えたか気が籠って、きっと、教頭を見向いたが、その目の遣場やりばが無さそうに、向うの壁に充満いっぱいの、おおいなる全世界の地図の、サハラの砂漠の有るあたりを、すずしい瞳がうろうろする。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その時、遣場やりばに失した杯は思わず頭の真中まんなかへ載せたそうである。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)