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谿河
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たにがは
床わきの
袋戸棚に、すぐに
箪笥を
取着けて、
衣桁が
立つて、——さしむかひに
成るやうに、
長火鉢が
横に、
谿河の
景色を
見通しに
据ゑてある。
星の
下を
飛んで
帰つて、
温泉の
宿で、
早や
準備を、と
足が
浮く、と
最う
遠く
離れた
谿河の
流が、
砥石を
洗ふ
響を
伝へる。
私が
拵へものと
思ひながら、
不気味がつて、
何か
魔の
人が
仕掛けて
置く、
囮のやうに
間違へての。
谿河を
流す
筏の
端へ
鴉が
留まつても
気に
為るだよ。
何が、
其の
水は
谿河の
流を
堰いて
溜めたでは
無うて、
昔から
此の……
此処な
濠の
水が
地の
底を
通ふと
言ふだね。……
向うの
山に
灯が
見えて、
暮れせまる
谿河に、なきしきる
河鹿の
聲。——
一匹らしいが、
山を
貫き、
屋を
衝いて、
谺に
響くばかりである。
嘗て、
卯の
花の
瀬を
流す
時、
箱根で
思ふまゝ、
此の
聲を
聞いた。