つぎ)” の例文
旧字:
日蔭の冷い細流せせらぎを、軒に流して、ちょうどこの辻の向角むこうかどに、二軒並んで、赤毛氈あかもうせんに、よごれ蒲団ぶとんつぎはぎしたような射的店しゃてきみせがある。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
浄瑠璃じょうるりで聴いた文句ですよ、——ところが平松屋の内儀のお駒は、部屋の真ん中にとこを敷いて、自分は奥の方の壁寄りに、少しつぎの当った寝巻を
銭形平次捕物控:282 密室 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
しらみしぼりの半手拭はんてぬぐい月代さかやきに掛けて、つぎの当った千種ちぐさ股引ももひき穿き、背中へ鉄砲ざるをかついだ男が
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「よく来られたのね。ことによると今日はむずかしいんじゃないかって、先刻さっきつぎと話してたの」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
女手がないのか、ぶざまにつぎをあてたつぎだらけの古帷子ふるかたびら経糸たていとの切れた古博多の帯を繩のようにしめ、鞘だけは丹後塗たんごぬりだが中身はたぶん竹光……腰の軽さも思いやられる。
顎十郎捕物帳:08 氷献上 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ここんところ、ちょっと、お勝手もと不都合とみえて、この暑いのに縞縮緬しまちりめん大縞おおしまつぎつぎ一まいを着て、それでも平気の平左です。白い二の腕を見せて、手まくらのまま
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
つぎも幾箇所となくかかってる。畳は十年前に裏返しをしたというままのものである。天井は形ばかりに張ってはあるが、継目の判らぬくらい煤が黒い。仏壇とて何一つ装飾はない。
新万葉物語 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
それはみんな着古した木綿物だった、すっかり洗いぬいて色のさめたものや、たんねんにつぎをあてたものばかりだった。——こんなものを大切そうに箪笥へしまって置くなどとは。
日本婦道記:松の花 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
左官の八は、裏を返して縫ひ直して、つぎの上に継を当てた絆纏はんてんを着て、千駄せんだの停車場わきの坂の下に、改札口からさすあかりを浴びてぼんやり立つてゐた。午後八時頃でもあつたらう。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
千住から次々と仕事を持って来て、少しも手をあけてはいられません。どうかして途絶えた時には継ぎものです。古い絹の裏地など、薄切れのしたのにつぎを当てて細かに刺すのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
彼のすぐ鼻の先にはつぎの当った金三の尻に、ほどけかかった帯が飛び廻っていた。
百合 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
つぎの当たった襤褸ぼろのような服は、煮しめたように色が変わり穿いている靴の横腹よこっぱらはバクバク口を開けている。小さい包を小脇にかかえ丈夫そうな杖に体を支えて辛うじて立っているらしい。
死の航海 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
……蚊帳のこの古いのも、穴だらけなのも、一層いっそうお由紀さんの万事最惜いとしさを思わせるのですけれども、それにしても凄まじい、——先刻さっきも申したひどつぎです。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とにかくつぎが是非そうしてくれっておれ達に頼んだんだ。つまりあいつは自分よりお前の方を
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
木綿物のつぎの当ったあわせも、無造作に後ろで束ねた髪も、浅ましい限りですが、ほんの少しの身じろぎにも、おのずか薫風くんぷうが生じそうで、この娘の魅力はまことに比類もありません。
燈火ともしびの赤黒い、火屋ほや亀裂ひびに紙を貼った、笠のすすけた洋燈ランプもとに、膳を引いた跡を、直ぐ長火鉢の向うの細工場さいくばに立ちもせず、そでつぎのあたった、黒のごろの半襟はんえりの破れた
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
宗近のおとっさんは昨日きのうどこの古道具屋からか、つぎのあるこの煙草盆を堀り出して来て、今朝から祥瑞だ、祥瑞だと騒いだ結果、灰を入れ、火を入れ、しきりに煙草を吸っている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
隣のおでん屋の屋台が、軒下から三分が一ばかり此方こなた店前みせさきかすめた蔭に、古布子ふるぬのこ平胡坐ひらあぐらつぎはぎの膝かけを深うして、あわれ泰山崩るるといえども一髪動かざるべき身の構え。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つぎはね……」と母が云いかけたのを、娘はすぐ追被おっかぶせるようにとめた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
め組がつぎの当った千草色の半股引はんももひきで、縁側を膝立って来た——おんなたちは皆我を忘れて六畳に——中には抱合って泣いているのもあるので、惣助一人三畳の火鉢のわきに、割膝でかしこまって
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その上、一面に嬰児あかごほどの穴だらけで、干潟の蟹の巣のように、ただ一側ひとかわだけにも五十破れがあるのです。勿論一々ひとつびとつつぎを当てた。……古麻ふるあさに濃淡が出来て、こうまたたきをするばかり無数に取巻く。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)