立退たちのき)” の例文
板前の家はもと下谷の入谷であったので、その方面へ行った時わざわざ区役所へ立寄って立退たちのき先をきいて見たがくわからなかった。
羊羹 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
勿論もちろん、これまでにも警官から度々立退たちのきを命ぜられたが、今日われても明日は又戻って来るという風で、殆ど手の着けようがない。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかも、そんな筒井の考えにはこの家を売るのに都合のよい立退たちのきの仕儀にもなり、道中衣裳の費用にも役立つのであった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
渋江氏の一行では中条が他郷のものとして目指めざされた。中条は常陸ひたち生だといって申しいたが、役人は生国しょうこく不明と認めて、それに立退たちのきさとした。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
わづらはぬ先に不義ふぎ不孝ふかう天罰てんばつならんか此所まで來る道すがら種々の艱難かんなんあひ用の金をさへ失ひし其概略そのあらましを語らんに兩人が岡山をかやま立退たちのきしより陸路くがぢ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ところがこの立退たちのきが何となくうれしかった。そののちいろいろ経験をして見たが、こんな矛盾はいたる所にころがっている。けっして自分ばかりじゃあるまいと思う。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
家主が無理に立退たちのきを迫るとか、うるさいことの多い中に、最早家の周囲まわりには草の芽を見るように成った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こは何事なにごとやらんとむねもをどりてふしたる一間ひとまをはせいでければ、いへあるじ両手りやうてものさげ、水あがり也とく/\うら掘揚ほりあげ立退たちのき給へ、といひすてゝ持たる物を二階へはこびゆく。
貴方もこういう処はお立退たちのきになって、それへ合体がよろしゅうござりましょう。ちょうどこの国へ参りがけに加州を通りまして、あすこであの白魚の姉御にも逢いました。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
地所払下三田みたの屋敷は福澤諭吉の拝借地になって、地租もなければ借地料もなしあたかも私有地のようではあるが、何分にも拝借とえば何時いつ立退たちのきを命じられるかも知れず
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
近頃電話を借りに行くこともなくなった大家の店には、酒の空瓶あきびんにもう八重桜がかっているような時候であった。そこの帳場に坐っている主人から、お島たちは、二度も三度も立退たちのきの請求を受けた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
大先生がお立退たちのき
其方儀そのはうぎ石川安五郎小松屋遊女いうぢよ白妙しろたへ同道にて立退たちのき候節私しの趣意しゆいを以て追掛おひかけ彌勒みろく町番人重五郎と申者さゝへ候を切害せつがいに及び候段不埓ふらち至極しごくに付死罪申付る
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
く/\原因を聞いて見ると、いま持主もちぬしが高利貸で、家賃やちん無暗むやみげるのが、業腹ごうはらだと云ふので、与次郎が此方こつちから立退たちのきを宣告したのださうだ。それでは与次郎に責任がある訳だ。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
出るには足がかりもなく、釜は熱く成かた/″\にて死に候事と相見え申候、母と嫁と小兒と丁穉一人つれ、貧道弟子杵屋きねや佐吉が裏に親類御坐候而それ立退たちのき候故助り申候、一つの釜へ父子と丁穉一人
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
今宵こよひ子刻頃こゝのつどきごろくるわ立退たちのきつも委細ゐさいは大門番重五郎がなさけにてお前樣は柴屋町へ先へ御出なされお待合まちあはせ下さるべし何事も御げんもじの節と申のこし參らせ候かしく
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)