瞳孔どうこう)” の例文
「頭目、よく見てごらんなさい。ほんものの眼だということは、目玉をよく見れば分りますよ。瞳孔どうこうも動くし、血管けっかんも走っている」
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
見たばかりで、その病人がもう死にかかっていることはわかった。だが登は規則どおりに脈をさぐり、呼吸を聞き、まぶたをあげて瞳孔どうこうをみた。
夢中に行く人の如く、身を向けて戸口のかたに三歩ばかり近寄る。眼は戸の真中を見ているが瞳孔どうこうに写って脳裏に印する影は戸ではあるまい。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
誤魔化ごまかすためだと思ったよ。瞳孔どうこうが散っているし、絞め殺したにしては上気していないし、舌の色が変っているし、毒害は間違いないと思った
僕が、認識のメスを、自らの肉身に刺して血を流す時、僕の自意識の瞳孔どうこうは、詩人であった時よりも、ずっと豊かな風景の展望をほしいままにするのだ。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
「懐中電燈を貸して下さい」と云って、瞳孔どうこうを照らして対光反射の検査をし、「何かはしの棒のようなものはありませんか」
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ほとんど厳粛といってよいくらいに凝結した顔に、瞳孔どうこうが開いてしまったような両眼が、闇に消え去った佐山の姿の方にくぎづけになっている。……間
胎内 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
夫人はもしかすると、自分の神経に異状があり、狂気しているのではないかと思った。彼女は鏡の前に立って、瞳孔どうこうが開いているかどうかを見ようとした。
ウォーソン夫人の黒猫 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
魂が不幸のうちに拡大してついにそこに神を見いだすに至ると同じように、瞳孔どうこうは暗夜のうちに拡大してついにはそこに明るみを見いだすに至るものである。
冷たい瞳孔どうこうのぼやけた視線で、じっと妻の横顔を眺めている。たまらなそうに意味のない吐息をらす。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
目のまわりに薄黒いかさのできたその顔は鈍い鉛色をして、瞳孔どうこうは光に対して調節の力を失っていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼は、父の疲れた顔のなかで、瞳孔どうこうが大きくみひらかれ目尻から自分に向けられているのを見た。
判決 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
たとえば大写しのヒロインの目の瞳孔どうこうの深い深い奥底からヒロイン自身が風船のように浮かび上がって出て来たり、踊り子の集団のまん中から一人ずつ空中に抜け出しては
映画雑感(Ⅳ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
だが、心はまだしきりに今朝ジョホール河の枝川の一つで、銃声に驚いて見張った私達の瞳孔どうこうに映った原始林のおごそかさと純粋さをおもい起していた。それはひどく心を直接にった。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
瞳孔どうこうもかなり大きく開いてゐるのですが、それの向いてゐる先は天井ともつかず壁ともつかず、かといつて真ん前からさしのぞいてゐる保姆さんの顔でも千恵の顔でも勿論もちろんありません。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
だから紅鱗こうりんひとみきそい、瞳孔どうこうひとこれを見ずという悲しい詩があるくらいだわ、おじさま、そんなに尾っぽをいじくっちゃだめ、いたいわよ、尾っぽはね、根元のほうから先の方に向けて
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
キョロリとした大きい眼の瞳孔どうこうが明けっぱなしになってしまっているのを見るにつけ、このお子さんは人並のお子さんではないということを思うて、お君はお気の毒の感に堪えられません。
どこがどうというわけではないが、何だか、前の周さんと違っているのだ。よそよそしいという程でもないが、瞳孔どうこうが小さくするどくなった感じで、笑っても頬にひやりとする影があった。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
まるでへびの眼の瞳孔どうこうの様に、生々しく私の記憶にやきついている。
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
つい先に瞳孔どうこうをちらつかせたのは道誉の方であった。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平さんの顔は硬く、無表情で、瞳孔どうこうの散大したような眼は、なにを見るともなく、前方にひろがる暗い空間を見まもっていた。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
誤魔化ごまかすためだと思つたよ。瞳孔どうこうが散つてゐるし、絞め殺したにしては上氣してゐないし、舌の色が變つて居るし、毒害は間違ひないと思つた
両眼はつるし上って、気味のわるい白眼をいていました。多分瞳孔どうこうも開いていたことだったでしょう。体温はすこし下って来たような気がします。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そんな時に限って、彼女の意識は何時でも朦朧もうろうとして夢よりも分別がなかった。瞳孔どうこうが大きく開いていた。外界はただ幻影まぼろしのように映るらしかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いずれにせよ、彼女の円い、灰色の、まるっきりまばたきしない、むしろ瞳孔どうこうのなかが廻っているように見える両眼は、そのような問いかけには何の返答も与えないのだ。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
お このおびただしい瞳孔どうこう
青猫 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
「やって来た若い軍医は脈をみ、心臓へ聴診器を当て、瞳孔どうこうを見ただ、それから椅子に腰を掛けて、患者がまちげえなく死ぬのを待ってたっけだ」
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
思わざるへんにこの不思議な大発見をなした時の主人の眼はまばゆい中に充分の驚きを示して、烈しい光線で瞳孔どうこうの開くのも構わず一心不乱に見つめている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
兄は依然いぜんとして、長々と寝ていました。医者は一寸ちょっと暗い顔をしましたが、兄の胸を開いて、聴診器ちょうしんきをあてました。それからまぶたをひっくりかえしたり、懐中電灯で瞳孔どうこうを照らしていましたが
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「やって来た若い軍医は脈をみ、心臓へ聴診器を当て、瞳孔どうこうを見ただ、それから椅子いすに腰を掛けて、患者がまちげえなく死ぬのを待ってたっけだ」
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
鏡を出して瞳孔どうこうを眺めていた医者は、この時宵子のすそまくって肛門こうもんを見た。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
五月躑躅さつきの葉蔭に、学生服の少年が咽喉のどから胸許むなもとにかけ真紅まっかな血を浴びて仰向おあむけにたおれていた。青年は芝草の上に膝を折って、少年の脈搏を調べ、まぶたを開いて瞳孔どうこうを見たが、もう全く事切れていた。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼女の眼はうつろだった、空虚な、瞳孔どうこうのひらいた眼で、そこにいる誰かを求めでもするように、空を見た。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
すぐに眼瞼まぶたをひらいて見たが、瞳孔どうこうはもう力なく開き切っていた。
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
くる眼は「狂い眼」の意味らしい、すなわち両眼の瞳孔どうこうのある部分が、おのおの勝手な方向へ動きだし、それが長く続くと、ついには、眼球が裏返しになるというのである。
似而非物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
これまでのものと同じ程度のようで、まず左右の瞳孔どうこうが各自の方向へゆっくりと動き出した。
似而非物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
文代は涙をこぼしながら、その濡れた頬を姉の手にすりつけ、まるで笑うような声で、肩を震わせてむせびあげた。……信乃は瞳孔どうこうのひらいたような眼で、じっと空を見あげていた。
めおと蝶 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
裸の妻ははこび出される良人の血だらけの頭を、双つの乳房のあいだに強くひき緊めながらぞっとするような声で泣き喚いた。草の上へ寝かされた茂吉は知覚を失った大きな瞳孔どうこうを瞠いたまま
蛮人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼の顔は恐怖のため仮面のようになり、両眼は瞳孔どうこうがひらいているようであった。西沢の口があいて、歯が見えた。白くなった舌が、力なく唇を舐め、ついで、ひしゃげたような声が聞えた。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そうかと思うと等間隔のまま左へ大きく移動し、安ガラスをとおして見るようにゆがみ、こちらの瞳孔どうこう震顫しんせんするように、不安定に揺れながら、また左右へひろがって、二十以上にも数が殖えた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そうかと思うと等間隔のまま左へ大きく移動し、安ガラスをとおして見るようにゆがみ、こちらの瞳孔どうこう震顫しんせんするように、不安定に揺れながら、また左右へひろがって、二十以上にも数が殖えた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
すると左右の眼の瞳孔どうこうがまん中へ寄り、そこで止った。
改訂御定法 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)