深沈しんちん)” の例文
原始的にしてまた未来の風景がこの水にある。船は翠嶂すいしょう山の下、深沈しんちんとした碧潭へきたんに来て、そのさおをとめた。清閑せいかんにしてまた飄々ひょうひょうとしている。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
「もとより、表面は——そういうていにしてあるが、まことは……」右衛門尉は、深沈しんちんけてゆく燭の蔭を、見まわした。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
舟津の家なみや人のゆききや、馬のゆくのも子どもの遊ぶのも、また湖水の深沈しんちんとしずかなありさまやが、ことごとく夢中の光景としか思えない。
河口湖 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
深沈しんちんたる夜気の中で、とぎれとぎれに蟋蟀こおろぎが鳴いている。これで、もうかれこれ四半刻。どちらもしわぶきひとつしない。
急の動作で、手近の燭火ともしびが着衣の風にあおられたのだ。その、白っぽい光線の沈む座敷……耳をすますと、深沈しんちんたる夜の歩調のほか、何の物音もしない。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
深沈しんちん厚重こうちょうれ第一等の資質ししつ磊落らいらく雄豪ゆうごうは是れ第二等の資質、聡明そうめい才弁さいべんは是れ第三等の資質なり」と。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そこには深沈しんちんたるものも、苦渋なものもないが、その代り、春の光のようななごやかな明るさと、したたるような情愛とがあり、高貴な整頓せいとんと、清朗な美しきとがある。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
恵那山中の雪の夜は、深沈しんちんとしてけ渡り、群がりそびゆる山々は眼前に口を開けている巨大な谷を囲繞いにょうしてすくすくと空に背を延ばし、下界の人間の争闘あらそいを嘲笑うがように静まっている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
信長をはじめすべての者は、権六勝家のことばが聞えている間も、彼が黙って書状を巻いて信長の前へ納めて後も、深沈しんちんとただ白いしょくを見まもっていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
上手かみての眺めにもうち禿はげた岩石層はすくなく、すべてが微光をひそめた巒色らんしょくの丘陵であった。深沈しんちんとしたその碧潭へきたん
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
赤い灯に照された方は、輕い苦惱に引歪ひきゆがんで、少し熱を帶びたやうに見えると、青い月に照された方は、眞珠色に光つて、深沈しんちんとしてすべての情熱がよどんで見えます。
とは、しんの男子の態度であろう。男もこの点まで思慮しりょが進むと、先きに述べたる宗教のおしうる趣旨にかのうてきて、深沈しんちん重厚じゅうこう磊落らいらく雄豪ゆうごうしつとの撞着どうちゃくが消えてくる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
頭の上に覆いかぶさる深い木立ちは、いま、宵へ移ろうとして刻々に黒さを増し、空を屋根のこのいで湯の表は、高い夕雲の去来を宿して、いっそう深沈しんちんえ返ってくる。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ふつうの居館とちがって、寺院なので、たそがれの一刻は、何となく、物のあいろも深沈しんちん仄暗ほのぐらい。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしながらそのためにまた水は紺碧こんぺきを加え、容量は豊富に深沈しんちんたる山中の幽寂境を現出した。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
他は清水町しみずちょうの町家ならび——ひとしく大戸をおろして、雪とともに深沈しんちんと眠る真夜中。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼の思想はその手法と共に次第に円熟し、高潮した英雄主義には、ショーペンハウエル風の厭世主義えんせいしゅぎが加味され、宿命悲劇の深沈しんちんたる暗さが、世界大に拡充かくじゅうされる愛の理想と結び付いた。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
二人の従者も酒に酔って、庭向きのひさしの下にッかかったまま性体しょうたいもない。深沈しんちんと夜はけに、更けて行き、まさにむねも三寸下がるという丑満刻うしみつどき人気ひとけない冷たさだけが肌身にせまる。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二人を包む深沈しんちんたる夜気に、はや東雲しののめの色が動いている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
深沈しんちんきは真黒まくろ
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
匕首あいくちの刃を手裏てうらにして、ジッとえぐりこんだ穴へ眼をあてて覗いてみると、——おお、まさしく、そこには、お綱の想像もしなかった景色が深沈しんちんと、不可思議なる夜の底に沈まれてあったのだ。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
深沈しんちんとふけゆく座敷ざしきのうちに、こう湿しめッぽい密々話ひそひそばなし
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜は深沈しんちんけた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
深沈しんちんたる真夜中。
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)