春風しゅんぷう)” の例文
当世人とうせいじんの趣味は大抵日比谷公園の老樹に電気燈を点じて奇麗奇麗と叫ぶたぐいのもので、清夜せいやに月光を賞し、春風しゅんぷうに梅花を愛するが如く
それから一月ひとつきばかりののち、そろそろ春風しゅんぷうが動きだしたのをしおに、私は独り南方へ、旅をすることになりました。そこでおうにその話をすると
秋山図 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と主人の代理に迷亭の悪口をきいていると、うわさをすれば陰のたとえれず迷亭先生例のごとく勝手口から飄然ひょうぜん春風しゅんぷうに乗じて舞い込んで来る。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その城とは、三里じゃく距離きょりをおいて、水屋みずやはらにかりの野陣をしいているのは、すなわち秀吉方ひでよしがた軍勢ぐんぜいで、紅紫白黄こうしびゃくおうの旗さしもの、まんまんとして春風しゅんぷうに吹きなびいていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今日は嬢の手料理にかんよりもむしろ嬢の温情に飽かん。未来の我が妻、外に得難き良夫人と心はあだかも春風しゅんぷうに包まれたるごとし。春風は庭にも来にけん、梅花のかおり馥郁ふくいくとしてしつる。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
するりと抜け出たのは、九寸五分かと思いのほか、財布さいふのような包み物である。差し出した白い手の下から、長いひもがふらふらと春風しゅんぷうに揺れる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は、再度の打撃をうけて僅に残っていた胸間の春風しゅんぷうが、見る見る中に吹きつくしてしまった事を意識した。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
金殿玉楼きんでんぎょくろうその影を緑波りょくはに流す処春風しゅんぷう柳絮りゅうじょは雪と飛び黄葉こうよう秋風しゅうふう菲々ひひとして舞うさまを想見おもいみればさながら青貝の屏風びょうぶ七宝しっぽうの古陶器を見る如き色彩の眩惑を覚ゆる。
徒歩かちと馬上と、かたちは主従の他行たぎょうであるが、途々みちみちのはなしは、こんなふうに、何の気ごころもけなかった。——また老公も、こういう仲に生じる心と心の春風しゅんぷうを愛するもののようであった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
勿論当時の彼の心には、こう云う解剖的かいぼうてきな考えは、少しもはいって来なかった。彼はただ、春風しゅんぷうの底に一脈の氷冷ひれいの気を感じて、何となく不愉快になっただけである。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
夫に二心ふたごころなきを神の道とのおしえは古るし。神の道に従うの心易きも知らずといわじ。心易きを自ら捨てて、捨てたる後の苦しみをうれしと見しも君がためなり。春風しゅんぷうに心なく、花おのずから開く。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
鳥羽離宮の翠帳すいちょうふかきところ春風しゅんぷう桃李とうり花ひらく夜か、秋雨しゅうう梧桐ごとうの葉落つるの時か——ただ一個の男性としての上皇が、ほおをぬらして語り給う少年の日の思い出を——美福門院も、おん涙をともにして
でございますから若殿様が、御家督を御取りになったその日の内から、御屋形おやかたの中へはどこからともなく、今までにない長閑のどか景色けしきが、春風しゅんぷうのように吹きこんで参りました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ぴん助なんかな事を云ったらこの馬鹿野郎とすましておれば仔細しさいなかろう。何でも昔しの坊主は人にり付けられた時電光影裏でんこうえいり春風しゅんぷうを斬るとか、何とか洒落しゃれた事を云ったと云う話だぜ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
春風しゅんぷう烈霜れっそう
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
当日ははげしい黄塵こうじんだった。黄塵とは蒙古もうこ春風しゅんぷう北京ペキンへ運んで来る砂埃すなほこりである。
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
百二十間の廻廊があって、百二十個の灯籠とうろうをつける。百二十間の廻廊に春のうしおが寄せて、百二十個の灯籠が春風しゅんぷうにまたたく、おぼろの中、海の中には大きな華表とりいが浮かばれぬ巨人の化物ばけもののごとくに立つ。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「白い帆が山影をよこぎって、岸に近づいて来る。三本の帆柱の左右は知らぬ、中なる上に春風しゅんぷうを受けてたなくは、赤だ、赤だクララの舟だ」……舟は油の如くたいらなる海を滑って難なく岸に近づいて来る。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「うん電光影裏でんこうえいり春風しゅんぷうをきるとか云う句を教えて行ったよ」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
青い頭はすでに暖簾のれんをくぐって、春風しゅんぷうに吹かれている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)