愛妾あいしょう)” の例文
その後身が、益田ますだ男爵の愛妾あいしょうおたきであり、妹の方が、山県有朋やまがたありとも公のお貞の方であるというのは、出世の著るしいものであろう。
明治大正美人追憶 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
素晴らしい美人ならあるいはどうか知れないけれども、それが何々の重役、何々博士の愛妾あいしょうででもあったりしてはやり切れない。
土地の口碑こうひ、伝うる処に因れば、総曲輪のかのえのきは、稗史はいしが語る、佐々成政さっさなりまさがその愛妾あいしょう、早百合を枝に懸けて惨殺した、三百年の老樹おいきの由。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼の家から、つい五六軒向うに、ある実業家の愛妾あいしょうが、住っているために、三日にあげず、自動車がその家の前に、永く長く停まっていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
住居も、一廓いっかくのうちに、家族たちのいる奥とよぶ所と、彼の愛妾あいしょうたちを置く、しもむねとよぶところと、ふた所にわかれている。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
英国公使アールコックに自分の愛妾あいしょうまで与え許している、堀織部はそれを苦諫くかんしても用いられないので、やいばに伏してその意をいたしたというのだ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
明治三十五年上演の「小笠原騒動」のお大の方という草刈り女から大名の愛妾あいしょうになったという女にふんした時の批評に
役者の一生 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
その晩、芹沢鴨は早く宴会の席を出て壬生の屋敷に帰り、愛妾あいしょうのお梅を呼び寄せる。お梅というのは、さきごろ町家の女房を強奪して来たそれです。
わたしはその雅号を彩牋堂さいせんどう主人ととなえている知人の愛妾あいしょうはんという女がまたもと芸者げいしゃになるという事を知ったのは
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「その時義経公の愛妾あいしょう静御前村国氏の家にご逗留あり義経公は奥州おうしゅう落行おちゆき給いしより今は早頼はやたのみ少なしとてお命を捨給いたる井戸あり静井戸ともうし伝え候也そうろうなり
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
万葉や源氏物語のころだったら、私の申し上げているようなこと、何でもない事でしたのに。私の望み。あなたの愛妾あいしょうになって、あなたの子供の母になる事。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
道々、三好屋の隠居が話してくれましたが、この梅屋敷というのは、三千五百石取の大旗本、本郷丸山の荻野左仲おぎのさちゅうの別荘で、住んでいるのは、愛妾あいしょうもんの方。
六人の旗本の鼻を削ったのと、十数人の女の臀部を斬ったのと、又大名の愛妾あいしょうを襲ったのと、同一人物の手であるかどうか。これは研究物だと心着いたのであった。
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
船長は、室蘭から少し内地へはいった登別のぼりべつという温泉地へ、室蘭碇泊ていはく中は必ず泊まり込んでいた。そこには、彼の妻や子供の代わりに、彼の愛妾あいしょうがいるのであった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
あかい萩の裾模様すそもようのある曙染あけぼのぞめの小袖に白地錦の帯をしめた愛妾あいしょうのお糸の方が、金扇に月影をうつしながら月魄つきしろを舞っていると、御相伴の家中が控えた次ノ間の下座から
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
源「そうだろう、恩人の愛妾あいしょうの所へ忍び来るような訳だから、どうせ了簡が定まりゃアしないや」
それは殿の愛妾あいしょうほととぎすを憎んで、後室が菖蒲畑の傍で殺すという歌舞伎狂言でした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
美食家のせい桓公かんこうが己のいまだ味わったことのない珍味ちんみを求めた時、厨宰ちゅうさい易牙えきがは己が息子むすこ蒸焼むしやきにしてこれをすすめた。十六さいの少年、しんの始皇帝は父が死んだその晩に、父の愛妾あいしょうを三度おそうた。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ある男の愛妾あいしょうだ。その二人の色っぽい場面が幾つも現われる。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
半蔵さん。攘夷論がやかましくなって来たそもそもは、あれはいつごろだったでしょう。ほら、幕府の大官が外国商人と結託してるの、英国公使に愛妾あいしょう
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
これは高山の新お代官胡見沢くるみざわ愛妾あいしょうお蘭どののお手元金であったのを、がんりきの百というやくざ野郎がちょろまかして来て、それをこの芸妓の福松に預けて
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
われら町人の爺媼じいばば風説うわさであろうが、矯曇弥の呪詛のろいの押絵は、城中の奥のうち、御台、正室ではなく、かえって当時の、側室、愛妾あいしょうの手に成ったのだと言うのである。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
若くて無役で無類の放埒ほうらつ、この日は柳橋から花見船を仕立てさせ、用人村川菊内、愛妾あいしょうのお町、仲間ちゅうげんの勝造、それに庭掃きの親爺三吉をお燗番かんばんに、芸妓げいしゃ大小三人、幇間ほうかん一人をれて
「これは、判官どのの愛妾あいしょうしずかどのと、その母御の禅師ぜんじです」
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)