あだ)” の例文
「なるほど、勝抜いた者をそなたの婿に定める勝負、あだに見過ごせぬというも道理じゃ。して願いとは何事だ」
半化け又平 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
磯良これをうらみて、或ひは舅姑おやおや忿いかり五六せていさめ、或ひはあだなる心をうらみかこてども、五七大虚おほぞらにのみ聞きなして、後は五八月をわたりてかへり来らず。
しかはあれ泣菫子が為めには、こもまたあだなる花の開落にあらずして、人生迷悟の境なりき。花ごよみと品さだめとの軽びたるこころなぐさならで、天啓に親しむ機縁なりき。
『二十五絃』を読む (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
中等室のつくえのほとりはいと静かにて、熾熱燈しねつとうの光の晴れがましきもあだなり。今宵こよいは夜ごとにここにつどい来る骨牌カルタ仲間も「ホテル」に宿りて、舟に残れるは一人ひとりのみなれば。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そうしてただぼんやりと、空に、あだに、日々夜々をすごすことに覚悟のほぞを定めました。
随筆 寄席風俗 (新字新仮名) / 正岡容(著)
すこやかなる心をもてよくこの事を思ひみよ、わが筆し易く、彼等の望みあだならじ 三四—三六
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
あだなることにかゝらひて、涕くことを忘れゐたりしよ、げに忘れゐたりしよ……
「忝けない。不埒者の新九郎へ、かほどまでのお心づくし、あだやおろそかにお受けは致さぬ。きっと鐘巻自斎を打ち込んで見せねば、故郷の土は生きて踏まぬと、おことづて致してくれい」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何にしても蔵元屋ではあだおろそかには出来ぬお客じゃけにのう。
あだなることにかからいて、泣くことを忘れいたりしよ、げに忘れ
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
此の時ボキュスが裏切りに遇ひ……思ひ返すもあだなれど
今一度都門のに出でなむと望みし願ひあだなるに似たり
枕上浮雲 (新字旧仮名) / 河上肇(著)
私たちは、そんな事はあだに聞いて、さきを急いだ。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おん身のためにもあだならじ。
さへづりのあだえて
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
蔭ながら誓ったこともあだとなり、薬も満足に与えられぬ貧苦の中で、衰え果てたままそなたは死んだ、——そして今日になって、出世の緒口いとぐち、そなた亡き今となって
おもかげ抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かう浅ましき身を海にもらで、人の御心をわづらはし奉るはつみ深きこと。今の詞はあだならねども、只酔ごこちの一一〇狂言まがことにおぼしとりて、ここの海にすて給へかしといふ。
抽斎の家の記録は先ず小さき、あだなるよろこびしるさなくてはならなかった。それは三月十九日に、六男翠暫すいざんが生れたことである。後十一歳にして夭札ようさつした子である。この年は人の皆知る地震の年である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しと匂へる花瓣はなびらあだしぼみて
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
をつとのおのれをよくをさめて教へなば、此のうれひおのづからくべきものを、只一〇かりそめなるあだことに、女の一一かだましきさがつのらしめて、其の身のうれひをもとむるにぞありける。
……むろん理由は分らない、然し待っていたことがあだになったというだけはたしかだ。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
親切をあだにして立退こうとする身を、武士と見込めばこそ娘の眉落し、歯を染め、名を変えるのみか亡き人の再生と思えとまで云い添えてある、是程の深い信頼が世に又とあろうか。
おもかげ抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)