仮令たとへ)” の例文
旧字:假令
保雄は昔から、自分の様な者が詩を添削して遣るのに仮令たとへ五十銭にしろ謝礼として会費を学生に出さすと云ふ事を心苦しく思つて居る。
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
仮令たとへ小供を通して、神様から嗤はれてゐるにしても、此の機会を利用して、虎の実態を研究して置くのが昨今の急務だと彼の職業が教へた。
(新字旧仮名) / 久米正雄(著)
此種の人達は多く技能に富み、仮令たとへ読み書きの方には不得意でも、或る意味に於て、善く教育された者と言ふことが出来る。
社会的分業論 (新字旧仮名) / 石川三四郎(著)
仮令たとへ木匠こだくみの道は小なるにせよ其に一心の誠を委ね生命を懸けて、慾も大概あらましは忘れ卑劣きたなおもひも起さず、唯只鑿をもつては能く穿らんことを思ひ
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
黙して何事をも語らざる慶大に対しては早大選手は爾後じご仮令たとへ箇人的にも、断じて慶大選手と語を交へずと迄で痛烈なる決議を為したと云ふ噂もある。
仮令たとへ女でも好いから、まことの血統を帯びた子といふ者が有つたなら、決してこんな事は無かつたらうとは、村でも心ある者の常に口に言ふ所であるが
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
『どうせ死ぬと、仮令たとへ分つてゐても、患者に云ひ聴かせることはお願ひですからやめて下さい。』とも云つた。
亡弟 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
それ貴方あなた段々だん/″\詮索あらつて見まするとわたしと少し内縁ひつかゝりやうに思はれます、仮令たとへ身寄みよりでないにもせよ功徳くどくため葬式とむらひだけはわたし引受ひきうけて出してやりたいとぞんじますが
黄金餅 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
けれども被告となつて見たら云ひたい丈のことを云ひたくもなるであらうし、云ひ尽した上の判決なら仮令たとへ判決が無理だと思つても諦めることが出来るであらう。
公判 (新字旧仮名) / 平出修(著)
スルとくらしいぢやありませんか、道時が揶揄からかい半分に、仮令たとへ梅子さんからの御報知は無くとも、松島の口から出たのだから仕様しやうるまいなどと言ひますからネ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
若し小生が妻の妊娠し居ることを知り居たりしならば、仮令たとへ実父の許に帰り候とも、妻が霧深き夕妹を連れて動物園に行く如きことをば許さざりしならむと存じ候。
仮令たとへ二十本か三十本でも人の髪の毛を一しよに頭から引き抜かうと云ふには、どれだけの力がいるか、考へて見給へ。君も僕といつしよにあの髪を見たのだからね。
『実は、御願ひがあつて上りました。』と前置をして、級長は一同の心情こゝろもち表白いひあらはした。何卒どうかして彼の教員を引留めて呉れるやうに。仮令たとへ穢多であらうと、其様そんなことはいとはん。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
野村は、仮令たとへ甚麽どんなに自分に好意を持つてる人にしても、自分の過去を知つた者には顔を見られたくない経歴を持つて居た。けれども、初めて逢つた時は流石に懐しく嬉しく感じた。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
仮令たとへそれが此男の「手」かと疑つても裕佐は苦しい程気の毒になるのだつた。
仮令たとへはふるあめりかにるゝともこゝろ一つはけがさゞらまし
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
米屋がどうの、炭屋がどうの——仮令たとへ餓ゑ死しようと、今更虹蓋つくるやうな卑劣けちな了簡を持つてたまるものか!
名工出世譚 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
仮令たとへばフランス人の云ふにはあれは、多分スパニア人であつただらう、若し自分にスパニア語が分かつたら、何を言つたか、一言や二言は分かつたに違ひないと云ふ。
伊藤侯と云ふものは我々婦人に取つては共同の讐敵かたきではありませんか、銀子さん、私が松島様の申込を拒絶する為めに、仮令たとへ私の父が破産する如き不幸にひませうとも
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ところかずなりません落語家社会はなしかしやくわいでも、三いうしや頭取とうどり円生ゑんしやう円遊ゑんいうまうしまするには、仮令たとへ落語家社会はなしかしやくわいでも、うか総代そうだいとして一名は京都きやうとのぼせまして、御車みくるまをがませたいものでござりますが
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
あるひは君等の目から見たら、今こゝで我輩が退職するのは智慧ちゑの無い話だと思ふだらう。そりやあ我輩だつて、もう六ヶ月踏堪ふみこたへさへすれば、仮令たとへ僅少わづかでも恩給のさがる位は承知して居るさ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
喜見きけんとか云ふ、土地ところで一番の料理屋に伴れて行かれて、「毎日」が仮令たとへ甚麽どんな事で此方に戈を向けるにしても、自頭てんで対手にせぬと云つた様な態度で、唯君自身の思ふ通りに新聞を拵へて呉れれば可い
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
仮令たとへ急に悪病が起つて耻かしい様な不具かたはになつても、御見棄おみすてなさらぬのでせうかの、フン、言ひたい熱を吹いて、何処どこに今時、損徳も考へずに女房など貰ふ馬鹿があるものか
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)