二股ふたまた)” の例文
「……それから、二股ふたまた道のかどの木の枝に、石を入れた空鑵あきかんをつるして、風が吹くとカラカラ鳴るようにして置いてくだすった」
キャラコさん:03 蘆と木笛 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
十二月の九日を大黒様の嫁迎えと称して、二股ふたまた大根などを供えて祭をすることと、根原に何か関係のあることではないかと思う。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「みんなで、どうしても、二股ふたまたのおんばこをつけよう。」とちかって、三にんは、熱心ねっしん草原くさはらを、二股ふたまたのおんばこをつけにあるきまわったのです。
草原の夢 (新字新仮名) / 小川未明(著)
観海寺の裏道の、杉の間から谷へ降りて、向うの山へ登らぬうちに、路は二股ふたまたわかれて、おのずから鏡が池の周囲となる。池のふちには熊笹くまざさが多い。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ひろい暗の彼方あなたに、銀蛇に似た河のすがたが二股ふたまたに裂けていた。一すじの淀川が中津川と天満川とにわかれるところである。その辺りにチラと灯が見えた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
頭は二つが重つてゐることもあれば、右と左に二股ふたまたにくツついてゐることもあります。胴やしつぽは普通です。
原つぱの子供会 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
こういう経歴の人間であるだけに、二股ふたまた侍というではないが、自分の主人以外、羽振りのよい諸大名にこすり付いて何かの利徳を得ようとする卑しい心がある。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その柿の木は五十年の古木で、地上九尺のところから二股ふたまたに分れ、ひと枝は屋根の上まで伸びている。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
二股ふたまたじゃ。」と車夫くるまやが答えた。——織次は、この国に育ったが、用のない町端まちはずれまで、小児こどもの時にはかなかったので、ただ名に聞いた、五月晴さつきばれの空も、暗い、その山。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこから二股ふたまたの鋸を突込んで、左右の肋骨ろっこつを切りけた若林博士は、取出した背骨を縦に真二つに切り開いただけで、ロクに検査もせずに、もとの処に当てがいまして
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
倉地はやはり二股ふたまたかけて自分を愛しているのだ。男の心にはそんなみだらな未練があるはずだ。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
二股ふたまたの道を右へ取り、六田の淀の橋の上へ来て、吉野川の川原かわら景色けしきを眺めたものである。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私たちはすでに、林のなかを抜け出して、昔、水車場のあった跡にたたずんでいたのだった。——そこで道が二股ふたまたに分かれて、一方は「水車の道」、もう一方は「本通り」へと通じていた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「六日。雨。去廿九日木子内きこない二股ふたまた之賊敗走、官軍大野有川迄進撃相成候由。」
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
東京では向島むこうじま吾妻あずま神社の脇にある相生あいおいの楠もその一つで、根本から四尺ほどの所が二股ふたまたに分れていますが、始めは二本の木であったものと思われます。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かねのわらじをはいて、さがしても、二股ふたまたのおんばこがあったら、っておくものだ。この野原のはらに、こんなにたくさんあるが、二股ふたまたのおんばこはないかね?」
草原の夢 (新字新仮名) / 小川未明(著)
松本のうち矢来やらいなので、敬太郎はこの間の晩きつねにつままれたと同じ思いをした交番下の景色けしきを想像しつつ、そこへ来ると、坂下と坂上が両方共二股ふたまたに割れて
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
道の二股ふたまたになった所で左に行こうとすると、闇をすかしていた仁右衛門はえるように「右さ行くだ」と厳命した。笠井はそれにもそむかなかった。左の道を通って女が通って来るのだ。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
人間の顔によく似た大岩がどこのやぶの中に在って、二股ふたまたになった幹の間から桜の木を生やした大えのきはどこの池の縁に立っているという事まで一々知っていたのは恐らく村中で彼一人であったろう。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
今頃はもう二股ふたまたを半分越したろう、と小窓に頬杖ほおづえいて嘲笑あざわらった。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やや中ごろまでのぼってくると、道は二股ふたまたに分れて右をあおぐと、石壁いしかべどう鉄骨てっこつ鐘楼しょうろうがみえ、左をあおぐと、松のあいだにあか楼門ろうもんがそびえていた。燕作はひだりの朱門あかもんへさしてけのぼった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ああそれは遠江とおとうみ二股ふたまた城の石だよ」と教えてれた。
石ころ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いずれにしても苦いところを我慢していて行った。また胎内潜たいないくぐりのような穴を抜けて、三四間ずつの段々を、右へ左へ折れ尽すと、路が二股ふたまたになっている。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
越中えっちゅう越後えちごなどのボッカたちは、太い野球の棒のような、頭が撞木しゅもくになり、もしくは二股ふたまたになったものをつえに突いていて、休む時にはそれで背の荷をささえる。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
まあ、魔物まものるだけでも、二股ふたまたのおんばこがあればできるから、つかったら、っておきなさいね。
草原の夢 (新字新仮名) / 小川未明(著)
或いは二股ふたまたの木の枝をつえにして、山中を行くような宗教上の習慣でもあって、こんな名称を生じたのではないかとも思うが、彼ら自身は何と自ら呼ぶかを知らぬから
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
自分は黙って森を目標めじるしにあるいて行った。田の中の路が不規則にうねってなかなか思うように出られない。しばらくすると二股ふたまたになった。自分はまたの根に立って、ちょっと休んだ。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
甲子祭きのえねまつりの日に大黒さんが来て、大根を洗う女に一本くれよと所望なされた。これは主人の物ですから上げられませんが、ここだけは余分ですからさし上げましょうと、二股ふたまた大根の片方を取って上げた。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)