鴿はと)” の例文
鴿はとの面をもてる者に蛇の心あり、美はしき果実に怖ろしき毒を含めることあり、洞にちかづけば※蛇げんじやちつし、林に入れば猛獣遊ぶ。
哀詞序 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
が、彼の苛立いらだたしさは彼にエホバの「殿みやに入りてその中にをる売買うりかひする者を殿みやより逐出おひだし、兌銀者りやうがへするものだい鴿はと売者うるもの椅子こしかけ
西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
四大盤といって東坡肉とうばにくやら海参なまこやら鴿はとのようなものを盛ったのが四色、四点心といってこれは魚鳥ぎょちょうや豚の肉と野菜とを固めたような料理が四色
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
北欧セービュルクの物語に、一僕銀白蛇の肉一片を味わうや否や、よく庭上の鶏やあひる鴿はとや雀が、その城間もなく落つべき由話すを聴き取ったとあり。
その言う通りに切り開いて、二めんの琵琶の胴を作らせたが、そのおもてには自然に白い鴿はとがあらわれていて、羽から足の爪に至るまで、巨細こさいことごとく備わっているのも不思議であった。
以前会館の中に住んでいた時、大きなえんじゅの樹の下に鴿はとの毛が散り乱れていた。これはたぶん鷹に取られたのであろうが、午前小使が来て掃除をしたあとはそこに何一つ残らなかった。
兎と猫 (新字新仮名) / 魯迅(著)
一道の白き水烟は、小暗をぐらき林木を穿ちて逆立し、その末は青き空氣の中に散じ、日光はこれに觸れて彩虹を現じ出せり。側なる小瀑カスカテルラの上なる岩窟には、一群の鴿はとありて巣を營みたり。
鴿はとになってそれから星になったといわれる七人娘のプレヤディース、金牛角上のアルデバラン、五星井にあつまって漢の高祖が天下を取って以来縁起の好い双子座のカストルとポラックスは勿論
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
南洋方面から來る貿易船は鴿はとを養ひ、之を陸上との交通にも、又は陸地の搜索にも、使用いたして居たが——最近の世界大戰以來持て囃された傳書鴿の使用は、東洋が本場で、十字軍の頃に
大師の入唐 (旧字旧仮名) / 桑原隲蔵(著)
狐をるのを商業にしてゐた男が、一羽の鴿はとを餌にして、古い墓の下に網を張り、自分は大きな樹の上に居ると、夜更けて狐の群がここに集つて來て、人のやうな聲を出して樹の上の男を罵つた。
春宵戯語 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
おびのなかにきんぎんまたはぜにつな。たびふくろも、二枚にまい下衣したぎも、くつも、つえつな。よ、われなんじらをつかわすは、ひつじ豺狼おおかみのなかにるるがごとし。このゆえへびのごとくさとく、鴿はとのごとく素直すなおなれ。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
わが歌は鴿はとにやや似るつばさなり母ある空へ羽搏はうち帰れと
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子増田雅子与謝野晶子(著)
わが鴿はとよ、わが友よ、いざともにいだかまし。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
鴿はとあり、めぐし、かたへの水盤すゐばんより
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
ま白き鴿はとのひと群
公孫樹 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
穉子寺に詣り母の教えのごとく如来の前生身を授けて獣に飼い肌をいて鴿はとを救うた事など例多く引いて
大定たいていの末年のある夜、かれは一羽の鴿はとえさとして、古い墓の下に網を張り、自分はかたわらの大樹の上にじ登ってうかがっていると、夜の二更にこう(午後九時—十一時)とおぼしき頃に
數千の鴿はとは廣こうぢを飛びかひて、甃石いしだたみの上に𩛰あされり。
あなかしこ、鴿はとの子らをあげて
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
鴿はとは鴿なるをあゆむ。
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
仏が寺門屋下に鴿はと蛇猪を画いてどんしんを表せよと教え(『根本説一切有部毘奈耶』三四)、その他蛇を瞋恚しんいの標識とせる事多きは、右の擬自殺の体を見たるがその主なる一因だろう
七羽の鴿はとが窓から飛び去って、空中へ高く舞いあがった。
鴿はとのごと歌はまし、わが子らよ。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
遠野とほの鴿はとの面影に
草わかば (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
その時鴿はと来ってかかる骨肉間の婚媾はよろしからずといったところで仕方がないから
その前に三動物を画き、鴿はとは多貪染、蛇は多嗔恚しんに、豕は多愚痴を表わす。