にしん)” の例文
船員ちゅうにはいちじるしく不満の色がみなぎっている。かれらの多くはにしんの漁猟期に間に合うように帰国したいと、しきりに望んでいるのである。
此故このゆゑなまぐさにほひせて白粉おしろいかをりはな太平たいへい御代みよにては小説家せうせつか即ち文学者ぶんがくしやかず次第々々しだい/\増加ぞうかし、たひはなさともあれど、にしん北海ほつかい浜辺はまべ
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
マドンナの画額ゑがくの上の輪飾になつてゐるのは玉葱である。懸時計の下に掛けてあるのは、あごき通した二十匹ばかりのにしんで、腹が銅色あかがねいろに光つてゐる。
尤も燻製くんせいにしんの匂に顔だけはちよいとしかめてゐる。——保吉は突然燻製の鯡を買ひ忘れたことを思ひ出した。鯡は彼の鼻の先に浅ましい形骸を重ねてゐる。
あばばばば (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
先日の新紙に近年蛇を薬用のため捕うる事大流行で、にしんを焼けば蛇つどい来るとあったが虚実を知らぬ。
下君田という山村の一軒しかない宿屋では、晩飯の菜に身かきにしんの煮付けと、醤油で炒りつけたいなごとを山盛りにした皿がお膳の上に頑張っていた。生憎あいにく鶏卵がないという。
四十年前の袋田の瀑 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
北海道では今、群來の二字をてるが、古は漏の字を充てゝゐる。にしんのくきる時は漕いでゐる舟の櫂でも艫でも皆、かずの子を以てかずの子鍍金めつきをされてしまふ位である。
華厳滝 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「北海道では今、群来の二字をてるが、古は漏の字を充てている。にしんのくきる時はいでいる舟のかいでもでも皆かずの子を以てかずの子鍍金めっきをされてしまう位である」
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
にしん漁の賃銀仕事に行けば、一日に二円も二円五十銭もの賃銭がとれるのですから、百姓仕事をするよりも余程お銭が多くとれるのですが、とればとれるで矢張り贅沢になつたり
私有農場から共産農団へ (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
マーキュ はららごかれたにしん干物ひものといふ面附つらつきぢゃ。おゝ、にしは、にしは、てもまア憫然あさましい魚類ぎょるゐとはなられたな! こりゃ最早もうペトラークが得意とくい戀歌こひかをおものともござらう。
「お父様、にしんでも焼きますから、お酒でもすこし上がって、またいつもの素謡うたいでも」
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
にしん船が河に十数艘入港はいつた、鯡がピラミツド型に波止場の各所に積みあげられた。
しかし金魚の出産率は実はこれよりもはるかに大きいので、にしんかつおなどと同じように、全く最初から食われるため死ぬためだけに、生命を開始するといってもよい者が大部分なのである。
君はこの二時間ばかりにしんのやうに死骸になつてたと思つてたゞらう。それに今ではちやんと生きてゝ口をいてる。御覽——カァターの方は、もう濟んぢまつた、もうぢき濟みさうなのだ。
にしんたら、それからいわしは、海や、陸や、空の貪食家の為めに、牧場に一ぱいになつてゐる。これ等の魚が適当な場所に行かうとして、長い航海を試みる時には、其の死滅するのは恐ろしいものだ。
「おい、にしんの蒲焼はどうだ」と、半七は幸次郎をみかえって笑った。
半七捕物帳:47 金の蝋燭 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
老人は此家このいえの主人なんだ。僕は老人にお願して今晩だけ泊めて貰ったんだ。老人は僕を憐れんでにしんのご馳走をしてくれた。それから僕にへやを呉れた。その室で僕は眠った筈だ。すると拳銃ピストルの音がした。
死の復讐 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
にしん (欧洲産) 七二・一〇 一八・一九 八・〇二 一・六九
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
にしん猟に行かれないのと、かれらのいわゆる物に憑かれた船にとどめられているのと、この二重の苦情がかれらをって無鉄砲な行為をなさしめるかもしれない。
「取りあへずあなたに頂きたいのは、火酒ウオツカにしん尻尾しつぽです。」と云ふ。
山鴫 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)