鬱積うっせき)” の例文
命から二番目の一刀——来国俊を侮辱された憤懣の黒雲が、若い七之助の胸一杯に鬱積うっせきして、最早最後の分別も無くなった様子です。
劣等感が鬱積うっせきして、そのことだけのために、ついに殺意を抱き、大胆不敵のアリバイ・トリックを案出して、殺人罪を犯すのである。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
数年来鬱積うっせき沈滞せる者頃日けいじつようやく出口を得たる事とて、前後ぜんご錯雑さくざつ序次じょじりんなく大言たいげん疾呼しっこ、われながら狂せるかと存候ほどの次第に御座候。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
尊王攘夷と開港佐幕と、昨是今非の紛々たる声に交って、黒船来の恐怖心が加わった、地に鬱積うっせきしている不安動揺の声なのである。
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
お作が愚痴をこぼし出すと、新吉はいつでも鼻であしらって、相手にならなかったが、自分の胸には、お作以上の不平も鬱積うっせきしていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
痛快極まる勝ち戦は、張飛の鬱積うっせきを吹きとばして、なおあまりがあった。早速に早馬を仕立てさせ、使者を成都の玄徳に送った。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鬱積うっせきした活力が充分に発現されないために起こる病的現象だとすると、前の仮説の領域から全く離れたものとは思われない。
笑い (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
痩馬は荷が軽るくなると鬱積うっせきした怒りを一時にぶちまけるようにいなないた。遙かの遠くでそれにこたえた馬があった。跡は風だけが吹きすさんだ。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
芝居の正義というのは道徳的な本道の正義でなくともよいので、何にしても鬱積うっせきした気持ちを打ち払う様な華々しいものが、正義になるのである。
役者の一生 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
その予想外に酸鼻さんびな場面と、鬱積うっせきする異臭にとつじょ直面したため、思わずみんな一個所にかたまって嘔吐おうとしたという。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
それに引きかえ、実に妾はこの四五日なんとなく肩のりが鬱積うっせきしたようで、唯に気持がわるくて仕方がなかった。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
自然主義発生当時と同じく、今なお理想を失い、方向を失い、出口を失った状態において、長い間鬱積うっせきしてきたその自身の力を独りで持余もてあましているのである。
私のうちにようやく浅草に対する一種の郷愁きょうしゅう的感情が鬱積うっせきしてきた。またぞろ浅草へ行きたくなった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
たえず自制していたので、また頑強がんきょうな力が鬱積うっせきして少しも費やされなかったので、そのためにいらだってきた。するともうどんな馬鹿げた事でもやりかねなかった。
何でもいいから手当り次第に投げ散して鬱積うっせきした心の蒸汽を狂的にもらさずにはいられないのである。
姑と嫁について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
一種の電磁力鬱積うっせきのエネルギー放出に外ならず、実はそれが果して人のいう詩と同じものであるかどうかさえ今では自己に向って確言出来ないとも思える時があります。
この東北地方の豊潤な実勢力が鬱積うっせきされているのだが、仙台は所謂いわゆる文明開化の表面の威力でそれをおさえつけ、びくびくしながら君臨しているというような感じがした。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それが階級的な搾取さくしゅや抑圧からくるものであれ、大衆の欲望の禁圧からくるものであれ、要するに社会的不満が鬱積うっせきし、または諸種の要因で社会的変化が進行しているのに
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
毒々しい侮蔑ぶべつの念が激しく鬱積うっせきしていたので、若々しい——時としてはあまりに若々しい神経質なところがあるにもかかわらず、彼は町中でそのぼろ洋服を恥じようなどとは
鬱積うっせきせる胸中の煩悶はんもんの、その一片をだにかつてもらせしことあらざりしを、いま打明くることなれば、順序も、次第も前後して、乱れ且つ整わざるにも心着かで、再び語り続けたり。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それだけ千万無量の思いが胸に鬱積うっせきしている訳で、今はからずも塚本に出遭ってみると、やれやれこの男に少しは切ない心の中を聞いてもらおう、そうしたら幾らか気が晴れるだろうと
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その性質の磊落らいらくなる、光明なる、大胆なる、その百難をおしひらきて屈せざる、その信ずる所を執りて移らざる、その道念の鬱積うっせきしたる、その信念の堅確なる、その宗教的神秘の心情を有する
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
彼の胸中にあるモヤモヤと鬱積うっせきしたものを書き現わすことの要求のほうが、在来の史書に対する批判より先に立った。いや、彼の批判は、自ら新しいものをつくるという形でしか現われないのである。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
女にもてたことのない醜男の胸中には、若年から人知れぬ鬱積うっせきがあるらしく、師直の胸中にも多年「……時をえたら」とする念がひそんでいた。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自己の作品を公衆に展示する事によって何か内に鬱積うっせきするものを世に訴え、外に発散せしめる機会を得るという事も美術家には精神の助けとなるものだと思うのであるが
智恵子の半生 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
すなわち、がちゃーんの音を聞く瞬間、光枝の胸の中に鬱積うっせきした不満感といったようなものが、一時的ではあったが、たちまち雲散霧消うんさんむしょうしてしまうのを感じたことであった。
什器破壊業事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
成就せしめんとする大檀那おおだんなは天下一人もなく数年来鬱積うっせき沈滞せるもの頃日けいじつようやく出口を得たることとて前後ぜんご錯雑さくざつ序次じょじりんなく大言たいげん疾呼しっこ我ながら狂せるかと存候ほどの次第に御座候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
世に不如意あるを知初しりそめつ、かねてより人類の最下層に鬱積うっせきせし、失望不平の一大塊、頃日けいじつ不思議の導火を得て、世の幸福を受けつつある婦人級と衝突なし、今にも破裂爆発して
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いたずらに欲求がき上げてくるだけで、それを小説に具体化することができない。そこで、その欲求はたされないで、私のうちに鬱積うっせきし、私は一種のヒステリーみたいになっていた。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
革命は社会内の矛盾や不満や不安が鬱積うっせきした結果、一定の導化線で勃発ぼっぱつするから、実際は相当に永い間にだんだんとその原因が醞醸うんじょうされるのではあるが、しかし革命そのものは激発的で
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
どうやら彼は二流どころの役割しか当てがわれていないらしく、彼のことばには答えるものもあまりなかった。この新しい情勢が、しだいに鬱積うっせきした彼の癇癪を、ますます募らせるばかりであった。
それに、敵の首将信玄に対しては、なお遺憾な一太刀を残したにせよ、彼の中軍は蹂躪じゅうりんし尽したといえるので、年来鬱積うっせきしていた宿念の一端を放つとともに
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)