陳腐ちんぷ)” の例文
そういう身の上話は然し陳腐ちんぷで、ありふれていて、ききばえのある話などは、先ず、ないものだ。然し、それを笑うわけには行かぬ。
想像の眼で見るにはあまりに陳腐ちんぷ過ぎる彼の姿が津田の頭の中に出て来た。この夏会った時の彼の服装なりもおのずと思い出された。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
縦縞が感覚および感情にとってあまりに陳腐ちんぷなものとなってしまった場合、換言すれば感覚および感情が縦縞に対して鈍痲どんました場合に
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
わかい男女の恋の会話は、いや、案外おとなどうしの恋の会話も、はたで聞いては、その陳腐ちんぷ、きざったらしさに全身鳥肌とりはだの立つ思いがする。
犯人 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「あ、その神経瓦斯というものなら、既にドイツ軍がエベンエマエル要塞戦ようさいせんに使ったということを聞いています。それはもう陳腐ちんぷな毒瓦斯で……」
已にして古俳書をひもとく、天の川の句しきりに目に触るるを覚ゆ。たとひ上乗じょうじょうにあらざるも皆一種の句調と趣向とを備へて必ずしも陳腐ちんぷならず。例へば
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
初句の、「秋風に」という云い方は、簡潔で特色のあるものだが、後世こういう云い方が繰返されたので陳腐ちんぷになった。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
男女の心中とか、幽霊が出るとか出ないとか、陳腐ちんぷな夏の夜ばなしとちがい、これは耳あたらしい事件なので、涼み台には恰好な話題ではあった。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、近年あまりにもてはやされたこのバッハでさえも、すでに衒学げんがく的で陳腐ちんぷであると見なされ始め、要するに多少子供っぽいのだと見なされていた。
その戯曲も同様の戯曲なるにあらずや。ゆえに東洋改革史なるものは陳腐ちんぷ常套じょうとう実に読むに堪えざるものあるなり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
故にこの冊子そうし、たとい今日に陳腐ちんぷなるも、五十年の後にはかえって珍奇にして、歴史家の一助たることもあるべし。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ところで、この「呪」についてこんな話があります。それはちょっと聞くと、いかにも、陳腐ちんぷな話ですが、味わってみるとなかなかふかい味のある話です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
各学校で毎週一時間や二時間ずつ修身倫理の陳腐ちんぷな講釈をして聞かすよりは、苔虫類の群体を顕微鏡で見せ、その団体生活の状態を詳しく説き聞かせたほうが
理想的団体生活 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
それでなくても老人の売っているブリキの独楽こまはもう田舎の駄菓子屋ででも陳腐ちんぷなものにちがいなかった。たかしは一度もその玩具が売れたのを見たことがなかった。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
白い国! 蜃気楼ミュアジュもかくや、——など陳腐ちんぷな形容ですが、事実、ぼくは蜃気楼ミュアジュをみた想いでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
杜国とこく亡びてクルーゲル今また歿ぼっす。瑞西すいっつるの山中に肺にたおれたるかれの遺体いたいは、故郷ふるさとのかれが妻の側にほうむらるべし。英雄の末路ばつろ、言は陳腐ちんぷなれど、事実はつねに新たなり。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その一例があの水の跡なんだが、それを陳腐ちんぷな残余法で解釈すると、水が人形の体内にある発音装置を無効にした——という結論になる。けれども、事実はけっしてそうじゃないんだ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
だから、かれ悟空ごくうの眼にとって平凡陳腐ちんぷなものは何一つない。毎日早朝に起きると決まって彼は日の出を拝み、そして、はじめてそれを見る者のような驚嘆をもってその美に感じ入っている。
話す前に、この話があなたの耳には、多少陳腐ちんぷに響くだらうといふことを申上げて置く方がいゝでせう。しかし陳腐な物語も、新しい唇を通ると、幾分清新さを取返すことがよくありますね。
現在ではこの種のトリックは陳腐ちんぷになり、誰も使わなくなっている。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
とやかくと無用な陳腐ちんぷな意見を述べる気にはなれないのだった。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
余はやまいってこの陳腐ちんぷな幸福と爛熟らんじゅく寛裕くつろぎを得て、初めて洋行から帰って平凡な米の飯に向った時のような心持がした。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なんという、陳腐ちんぷな、マンネリズムだ。私は、これまで、この言葉を、いったい何百回、何千回、繰りかえしたことであろう。無智な不潔な言葉である。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
現代の吾等は、擬人法らしい表現に、陳腐ちんぷを感じたり、反感を持ったりすることを止めて、一首全体の態度なり気魄きはくなりに同化せんことを努むべきである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
するにある。両雄並び立たず——という陳腐ちんぷな計りごとを仕掛けてきたのじゃ。それくらいなことがわからぬか
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ああ、それは陳腐ちんぷなものばかりじゃ。今列国の兵器研究所が、秘密に取上げているものばかりだよ。今頃そんなものに手をつけては手遅ておくれじゃ。こっちへ来なさい」
正しくはあるがやや陳腐ちんぷな一つの思想にたいていつづめられるようなものだった、たとえば
伸子は、あの陳腐ちんぷきわまる手法に、一つの新しい生命を吹き込んだ……
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「独逸を逃げ出した話も、何度となくかえすんでね、近頃はもうひとよりも自分の方が陳腐ちんぷになってしまいました」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
どれも、これも結構でなかった。実に、陳腐ちんぷな、甘ったるいもので、私はあっけにとられたが、しかし、いまのの場合、画のうまいまずいは問題でない。
東京だより (新字新仮名) / 太宰治(著)
「しかし、クヮイズ侍が、どれほど陳腐ちんぷな頭なりや、西瓜すいかではないが、叩いて中実なかみを試みるのも一興だぞ」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
神を見たこの人も、クリストフの眼から見れば往々にして、面白くもない甘っぽい宗教があり、偽善的な陳腐ちんぷな様式があった。その交声曲カンタータのうちには、恋と信仰との憔悴しょうすいの曲調があった。
「なに君は知らない事だが、今までもそう云う話は何度もあったんだよ」とさも陳腐ちんぷらしそうに説明して聞かせた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
所謂いわゆる、好色物は、好きでない。そんなにいいものだとも思えない。着想が陳腐ちんぷだとさえ思われる。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
これは攻城野戦ともにやる常套じょうとう的な正攻法で、兵家としては、まことに陳腐ちんぷな一攻手に過ぎない。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
クリストフは、自分の言うところを相手が少しも知っていないのに気づいて、呆然ぼうぜんとしてしまった。それから、この衒学げんがく的な陳腐ちんぷなドイツ人にたいして、人々は一つの意見をたててしまった。
彼の説明によると、かねてその話は彼の母から何度も聞かされて、何度も決答をくり延ばした陳腐ちんぷなものであった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
陳腐ちんぷきわまる文学論だか、芸術論だか、恥かしげも無く並べやがって、もって新しい必死の発芽を踏みにじり、しかも、その自分の罪悪に一向お気づきになっておらない様子なんだから
美男子と煙草 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「非常に陳腐ちんぷで退屈な御説教であった。そこで、謹んでお答え申そう。叡山には叡山の権威があり、信条もある。らざるおせッかいというほかない。一鉄どの、日が暮れる、はやはや下山されよ」
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それも実際はすでに陳腐ちんぷな批判であって、彼自身ももはや今日では賛成できかねるようなものが多かった。そういう四、五の論説が近ごろドイツの一雑誌に掲げられたので、シルヴァン・コーンはその奇警な逆説を
彼らは顔さえ見れば自然何かいいたくなるような仲のい夫婦でもなかった。またそれだけの親しみを現わすには、御互が御互に取ってあまりに陳腐ちんぷ過ぎた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何が何やら十年一日どころか千年一日の如き陳腐ちんぷな男女闘争をせずともよかった。
メリイクリスマス (新字新仮名) / 太宰治(著)
陳腐ちんぷな道義の受け売りをしているように聞えるだろうが、こういう漂泊の空にある身でも、アアいい景色だなあと感じた時のような場合、側にもどこにもそれを語る者がいないということはその一瞬
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし口の先で使い慣れた結果、しまいには神もいつか陳腐ちんぷになりました。それから二人とも申し合せたように黙りました。黙ってから何年目になるでしょう。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
昔のくだらない花柳かりゅう小説なんていうものに、よくこんな場面があって、そうして、それが「妙な縁」という事になり、そこから恋愛がはじまるという陳腐ちんぷな趣向が少くなかったようであるが、しかし
チャンス (新字新仮名) / 太宰治(著)
私は理屈から出たとも統計から来たとも知れない、この陳腐ちんぷなような母の言葉を黙然もくねんと聞いていた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しめたものだと陳腐ちんぷな中学生式の空想もあったのでした。
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
いや、大胆になったから饒舌れたんだろう、君の云う事は顛倒あべこべじゃないかとやり込める気なら、そうして置いてもいい。いいが、それはあまり陳腐ちんぷでかつ時々うそになる。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私がのつそつし出すと前後して、父や母の眼にも今まで珍しかった私が段々陳腐ちんぷになって来た。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私の答えは、思想界の奥へ突き進んで行こうとするあなたに取って物足りなかったかも知れません、陳腐ちんぷだったかも知れません。けれども私にはあれが生きた答えでした。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)