とおざ)” の例文
しかし蘆荻蒹葭は日と共に都市の周囲よりとおざけられ、今日では荒川放水路の堤防から更に江戸川の沿岸まで行かねば見られぬようになった。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
教会全体は危険物として余をとおざけたり、余は実に悪鬼の使者として綿羊の皮をかむりながら神の教会を荒すために世に産出うみいだされし有害物なるか
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
五百が早く本丸にり、また藤堂家に投じて、始終家にとおざかっているようになったのは、父の希望があり母の遺志があって出来た事ではあるが
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
竭尽けつじんスルニ非ザルヨリハ何ゾヨク此大業ヲ遂ゲ以テ同学企図ノ本旨ニフヲ得ンヤ此ニ於テカ専心一意之ニ従事センガ為メニ始メテ俗累ぞくるいとおざクルノ必要ヲ見ル
したがってほかの学問ができ得る限り研究を妨害する事物を避けて、しだいに人世にとおざかるに引きえて文学者は進んでこの障害のなかに飛び込むのであります
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その必要に用立った後に私の母性が中心の位地を次に登って来た芸術性に譲り、その芸術性の無数な背景の一つとなって私の意識の奥にとおざかってしまうのは当然である。
母性偏重を排す (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
そして又言語の実際には却てとおざかって居たようなかたむきもあったために、理知の判断からは言文一致と云うことを嫌わなかったものも感情上から之を悦ばなかったようの次第でありましたが
言語体の文章と浮雲 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
決してキリスト教からとおざかろうとはしませんけれど、氏の元来がんらいが、キリスト教より、仏教の道を辿たどるに適して居ないかと思われる程、近頃の氏の仏教修業しゅぎょうが、いかにも氏に相応ふさわしく見受けられます。
学校に行かなくなってからなおなお世間にとおざかって、捨児と聞いてから万作夫婦の愛は昔にかわらぬが何となく心に欠陥あきがあるらしく、何か始終思い沈んで居る。それをいささか慰むるは歌と筑波山だ。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
長吉はとにかく思案しあんをしなおすつもりで、折から近所の子供を得意にする粟餅屋あわもちやじじがカラカラカラときねをならして来る向うの横町よこちょうほうへととおざかった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
余は余の真理と信ずる所を堅守するがために或は有名博識なる神学者にとおざけられ、或は基督教会一般より非常の人望を有する高徳者より無神論者として擯斥ひんせきせられ
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
交渉はようやく歩を進めて、保は次第に暁鐘新報社にとおざかり、博文館にちかづいた。そして十二月二十七日に新報社に告ぐるに、年末を待って主筆を辞することを以てした。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
常日頃つねひごろ私は今の女子教育がまだまだ真の文明教育の趣意にとおざかっていると思っております。
離婚について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
下より仰げば少しずつは空も青く見らるる。只眼を放つはるむこうの果に、樹の幹がたがいに近づきつ、とおざかりつ黒くならぶ間に、澄み渡る秋の空が鏡の如く光るは心行く眺めである。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
長吉は一度ひとたび別れたお糸とはたがいに異なるその境遇から日一日とその心までがとおざかって行って、折角の幼馴染おさななじみも遂にはあかの他人に等しいものになるであろう。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
人を神よりとおざからしめ神の教会を攻撃せしむるものは必しも悪鬼とその子供にあらざるなり。
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
ぶら下がったぎり軍曹の顔を下から見上げたまま吾が子に引きられて行く。冷飯草履ひやめしぞうりびょうを打った兵隊靴が入り乱れ、もつれ合って、うねりくねって新橋の方へとおざかって行く。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
女が心を許した一人の男子を守ろうとしても、男の心は一時その女に傾くのみで、時がてば変化して新しい女を好んでとおざかって行き、入り代って他の男が女の心を得ようと努める。
私の貞操観 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
戸沢は「ちと内用ないようがあるから遠慮いたせ」といって、供のものをとおざけ、松本に草鞋わらじを脱がせて、強いて轎中に坐せしめ、自ら松本の草鞋をけ、さて轎丁を呼んでいて行かせたそうである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
次第に下の方へとおざかった時に、あとがひっそりとして、人のがしないのが気になった。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
新聞記者をやめたる後は再びもとの如く歌舞伎座の楽屋にらん事をこいねがひしかど敬してとおざけらるるが如くなりしかばここに意を決し志を改めて仏蘭西フランス語稽古にと暁星ぎょうせい学校の夜学に通ひ始めぬ。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ケダシ少陵ハ忠憤ナレドモすこぶる婆心ニ近シ。青蓮せいれんノ仙風実ハ虚誕きょたんわたル。韓蘇かんそ鉤棘こうきょくはく氏ハ浅俗ナリ。妙ハすなわち妙ナリトイヘドモヤヤ、清雅ナラズ。アヽ詩聖詩仙、詩家詩伯、敬スベクとおざクベシ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
われは病いをも死をも見る事を好まず、われよりとおざけよ。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
顔を見られるのがいやさに、一散いっさんに通りの方へととおざかった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)