綾瀬あやせ)” の例文
然るに今日に至っては隅田川の沿岸には上流綾瀬あやせの河口から千住せんじゅに至るあたりの沮洳そじょの地にさえ既に蒹葭蘆荻ろてきを見ることが少くなった。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
工場が殖え、会社の社宅が建ち並んだが、むかしのかねふちや、綾瀬あやせの面かげは石炭殻の地面の間に、ほんの切れ端になってところどころに残っていた。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
折柄おりから上潮あげしおに、漫々まんまんたるあきみずをたたえた隅田川すみだがわは、のゆくかぎり、とお筑波山つくばやまふもとまでつづくかとおもわれるまでに澄渡すみわたって、綾瀬あやせから千じゅしてさかのぼ真帆方帆まほかたほ
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
久野は舵のところから「うん」と曖昧あいまいな返辞をしながら、かねふちから綾瀬あやせ川口一帯の広い川幅を恍惚こうこつと見守っていた。いろいろな船が眼前を横ぎる。白い短艇が向うをすべる。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
かねふちから綾瀬あやせを越して千住まで通うのは、人力車でもかなり時間がかかる上に、雨や風の日には道も案じられるので、やがてお邸の諒解りょうかいを得て、引移ることになったのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
そうだろう。——しかし寒いのに夜る起きるのはよくないぜ。僕は冬の月はきらいだ。月は夏がいい。夏のいい月夜に屋根舟に乗って、隅田川から綾瀬あやせの方へがして行って銀扇ぎんせん
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すなわち毎日草鞋わらじ弁当にて綾瀬あやせあたりへ油画の写生に出かけ、夜間は新聞の挿画さしえなど画く時間となり居たり。君が生活の状態はこの時以後ようやく固定してついに今日の繁栄を致しし者なり。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
あたしは芝で生れて神田かんだで育って、綾瀬あやせ隅田川すみだがわ上流)の水郷すいごうに、父と住んでいたことがある。あたしの十二の時、桜のさかりに大火事に焼かれて、それでうちは没落しはじめたのです。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
こんな天気のいい時だとおもい起しそうろうは、小生のいささか意に満たぬ事あれば、いつも綾瀬あやせの土手に参りて、折り敷ける草の上に果は寝転びながら、青きは動かず白きは止まらぬ雲を眺めて
わが師への書 (新字新仮名) / 小山清(著)
こんな天気のいゝ時だとおもおこそろは、小生せうせいのいさゝかたぬことあれば、いつも綾瀬あやせ土手どてまゐりて、ける草の上にはて寝転ねころびながら、青きは動かず白きはとゞまらぬ雲をながめて
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
武蔵南葛飾みなみかつしか綾瀬あやせ村大字小谷野字土富どぶ耕地
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
蘆と水楊みずやなぎの多い綾瀬あやせあたりの風景をよろこぶ自分に対して更に新しく繊巧せんこうなる芸術的感受性を洗練せしめた。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あにさん何してるのだと舟大工ふなだいくの子の声をそろによればその時の小生せうせいあにさんにそろ如斯かくのごときもの幾年いくねんきしともなく綾瀬あやせとほざかりそろのち浅草公園あさくさこうえん共同きようどう腰掛こしかけもたれての前を行交ゆきか男女なんによ年配ねんぱい
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
田圃の中には幾坪か紅や白のはすが咲いて美しいのも見えますが、立止りもしませんかった。半道ほども行った頃に、大橋際の野菜市場の辺から、別れた土手と一緒になって、綾瀬あやせの方へ曲ります。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)