細流せせらぎ)” の例文
日蔭の冷い細流せせらぎを、軒に流して、ちょうどこの辻の向角むこうかどに、二軒並んで、赤毛氈あかもうせんに、よごれ蒲団ぶとんつぎはぎしたような射的店しゃてきみせがある。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あかず行く雲のはてを眺め、野川の細流せせらぎのむせぶ音を聞き、すこしばかりの森や林に、風の叫びをしり、草のそよぎに、時の動きゆく姿を見ることが望みでございます。
平塚明子(らいてう) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
今しがた渠等が渡って、ここから見えるその村の橋も、鶴谷の手で欄干はついているが、細流せせらぎの水静かなれば、ひとえに風情を添えたよう。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
盂蘭盆うらぼんすぎのい月であつた。風はないが、白露しらつゆあしに満ちたのが、穂に似て、細流せせらぎに揺れて、しずくが、青い葉、青い茎をつたわつて、点滴したたるばかりである。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
伸上る背戸に、柳が霞んで、ここにも細流せせらぎに山吹の影の映るのが、絵に描いた蛍の光を幻に見るようでありました。
雪霊記事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
水らしい水とも思わぬこの細流せせらぎ威力ちからを見よと、流れ廻り、めぐって、黒白あやめわかぬ真の闇夜やみよほしいまま蹂躪ふみにじる。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一帯の霧が細流せせらぎのやうに靉靆たなびいて、空も野も幻の中に、一際ひときわこまやかに残るのである。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
寂然ひっそりとしていたが、重ねて呼ぶのに気を兼ねる間も無く、雨戸が一枚、すっといて、下からあお瓦斯がすを、逆に細流せせらぎを浴びたごとく濡萎ぬれしおれた姿で、水際を立てて、そこへお孝が
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
泥脚とすねの、びしょびしょ雨の細流せせらぎくいの乱るるがごとき中へ、はねも上げないつまをきれいに、しっとりした友染ゆうぜんを、東京下りの吾妻下駄あずまげたの素足にさばいたのが、ちらちらとまじるを見ると
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
足許あしもと細流せせらぎや、一段いちだんさっすだれを落して流るるさえ、なかなかに花の色を薄くはせぬ。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
線路へ出て、ずっと見ると、一面の浜田がどことなく、ゆさゆさ動いて、稲穂いなぼの分れ伏した処は幾ヶ所ともなしに細流せせらぎ蜘蛛手くもでに走る。二三枚空が映って、田の白いのはかぶったらしい。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
稲の下にもすすきの中にも、細流せせらぎささやくように、ちちろ、ちちろと声がして、その鳴く高低たかひくに、静まった草もみじが、そこらのかりあとにこぼれたあわの落穂とともに、風のないのに軽く動いた。
若菜のうち (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
黒表紙にはあやがあって、つやがあって、真黒な胡蝶ちょうちょう天鵝絨びろうどの羽のように美しく……一枚開くと、きらきらと字が光って、細流せせらぎのように動いて、何がなしに、言いようのない強いかおりぷんとして
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
せん、師匠をはじめ、前々に、故人がこの狂言をいたした時は、土間は野となり、一二の松は遠方おちかたの森となり、橋がかりは細流せせらぎとなり、見ぶつの男女は、草となり、の葉となり、石となって
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なまめかしい、べにがら格子ごうしを五六軒見たあとは、細流せせらぎが流れて、薬師山を一方に、呉羽神社くれはじんじゃの大鳥居前を過ぎたあたりから、往来ゆきかう人も、来る人も、なくなって、古ぼけた酒店さかみせの杉葉のもとに、茶と黒と
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
細流せせらぎは、これから流れ、鳥居は、これから見え、町もこれからにぎやかだけれど、俄めくらと見えて、突立つったった足を、こぶらに力を入れて、あげたり、すぼめたりするように、片手を差出して、手探りで
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かどの柳の散る中に、つないだ駒はなかったが、細流せせらぎを織るは、手綱たづなの影を浮かして行く……ながれに添った片側の長い土塀を、向うに隔たる、宗参法師は、間近ながら遥々はるばると、駅路えきろを過ぐる趣して
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)