素姓すじょう)” の例文
「どうもはっきりしたことを云わないからよくわからないんだけれどね、われわれの素姓すじょうを、むこうじゃ信用しないという意味らしい」
二つの庭 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
一応その素姓すじょうを物語ってみると、ここに子鉄と呼ばれている当人は、有名なる侠客、会津の小鉄でないことは勿論もちろんだが、さりとて
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
真新しい衣服頭巾をめぐまれ、朝飯もたべて、すっかり元気を取り戻したかの股旅者は、晁蓋を前にしてその素姓すじょうを明らかに語っていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「タキシード一着、中国服一着、預金帳二冊、ハンカチーフにパン——これだけが仏天青氏の素姓すじょうを語る材料なんだ。ふふん」
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それもね、最初お代先生の両親が不同意で、貴夫人には貴夫人の学問がるというが今の貴顕紳士きけんしんしの貴夫人には素姓すじょういやしい醜業婦しゅうぎょうふが沢山いる。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
先方ではとっくにこちらの素姓すじょうを見破って、張りぼての中で、燐光りんこうの眼を光らせて、せせら笑っているのではあるまいか。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
今度大久保へ行ってゆっくり話せば、名前も素姓すじょうもたいていはわかることだから、せかずに引き取った。そうして、ふわふわして方々歩いている。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
九郎右衛門の素姓すじょうはよく判っていない。なんでも長町ながまち辺で小さい商いをしていたらしいが、太いきもをもって生まれた彼は小さい商人あきんどに不適当であった。
心中浪華の春雨 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そのうちには明けて行った。直孝なおたか早速さっそく古千屋こちやを召し、彼女の素姓すじょうを尋ねて見ることにした。彼女はこういう陣屋にいるには余りにか細い女だった。
古千屋 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
もし一度こういう種類の男の素姓すじょうを知ったが最後、その男は絶えずわれわれの頭のなかへ現われてくるものである。
「当藩の家老、繁野兵庫の子だ、義十郎だと素姓すじょうをあかせば、まさかやつらも手は出せめえ、これからは繁野義十郎を看板に、大手を振って歩いてやるぜ」
霜柱 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
贔屓ひいきのお客の身の上を、しらべておるひまはござりませぬ——そのお人が、どんな素姓すじょうか、ちっとも存じませんので——何しろ、多く御贔屓をいただいて
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
刑務所で生まれた受刑者の娘などは、女中にさえ雇ってくれず、うまくもぐりこんだ気でいても、間もなく素姓すじょうが知れ、蹴りだすようなむごい仕方で追いだされた。
虹の橋 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
主人がはなしたとおり、素姓すじょうのよさそうな人であるが、病気が重いとみえて、顔は黄色く、皮膚は黒く、せ衰えて、古蒲団ふるぶとんのうえにくるしそうに身を横たえている。
寺の裏書院のかくれ部屋で素姓すじょうも計りがたい女と、かような目にあまる所業は今が初めてなのです。
その申し出はメック夫人の素姓すじょうを隠して、逢っても挨拶あいさつをしないというチャイコフスキーの身勝手みがってな条件まで入れて成立し、チャイコフスキーは音楽学校の教職を退いて
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
素姓すじょうのたしかでない浪人なぞと往来していることが知れたら、自家いえの者が何を言い出すかも解らないと考えたばかりではなく、なにかしら一つの秘密を保っていたいと言ったような
「ぼくの素姓すじょうをあかしましょう。」と、ニールスは言いました。「ぼくはニールス・ホルゲルッソンといって百姓ひゃくしょうの子どもです。つい、けさまでは人間だったんだけど、けさ————」
使ってくれと新しい女給が「顔見せ」に来れば頭のてっぺんから足の先まで素早く一目の観察で、女の素姓すじょうや腕が見抜けるようになった。ひとり、どうやら臭いと思われる女給が来た。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
敗戦後しばらくしてその会社はつぶれ、この社宅も売りに出されたという訳でした。だからここは今は、社宅時代とは全く異なり、素姓すじょうも違えば職業も違う、雑多な世帯や家族の群落なのです。
Sの背中 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
ドサ貫の表情が何かけわしかったからで、ドサ貫の素姓すじょうを知らないバーテンは、こいつ、エンコのうるさがたかな、といった、これまた険しい表情で、私も、——私はドサ貫の素姓は知っているが
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
「そのように評判のその女、どういう素姓すじょうの者であろう?」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
坂本は、近藤勇そのものの名声は聞いているが、その素姓すじょうはよく知らないらしい。南条は、かなり明細に近藤の素姓を知っているらしい。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その上、素姓すじょうも知れない、またなんで生計を立てているのか分らないような武家が、ずいぶん郎党や一門を養って相当に根を張っている。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その中にこそ、彼の素姓すじょうを語る貴重な資料があるのに違いない。彼は一大発見をしたように思い、声をあげて、大急ぎでその新聞紙包のひもを解いてみた。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
金さんは人品のい、おとなしやかな人で、素姓すじょうが素姓だけに、番台にいる間はいつも何かの本を読んでいた。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼自身で、もう少しはっきりした証拠しょうこつかまなければいけない。第一、恩田という人物の素姓すじょうも、その住居さえも、ほんとうにはわかっていないではないか。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかし家康はうなずいたぎり、なんともこの言葉に答えなかった。のみならず直孝を呼び寄せると、彼の耳へ口をつけるようにし、「その女の素姓すじょうだけはしらべておけよ」
古千屋 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かくしにかくしておりましたなれど、とうとう江戸隠密の素姓すじょうが露見したのでござります。
「いや、まだまだそう手軽には行かない。お前は、お銀の素姓すじょうを知っているのか」
「親切なあるじだったが、客の一人が女の素姓すじょうを知っていた、女は亭主と組んでそれをしょうばいにしているんだそうだ、結局、集めた心付は客に返し、女と亭主は追いだされてしまった」
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
... 素姓すじょうの知れない人物に沢山入り込まれても困りますね」中川
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
いよいよ生命いのちかかわりそうになった時は、素姓すじょうを打明け、知恩院の光厳とは知っていた間であることを訴えてみる気でいた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
賢母は、美人の言い廻しの奇怪なるに、ついその身の上の素姓すじょうを問いたださざるを得ない気持にさせられたようです。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
やっぱり彼は、何を置いても、自分の素姓すじょうを知ることが先決せんけつ問題であると、そこに気がついた。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「どうしたのでござりましょうな。いかなお兄上さまでも、少しおかえりがおそうござります。それにお招きなさった方は、素姓すじょうが素姓、わたくし何だかむな騒ぎがしてなりませぬ」
まして侍はお定まりの赤井御門守あかいごもんのかみか何かで押し通すのが習いであったが、一方の連れが馴染みであるだけに、綾衣の客の素姓すじょうも容易に知れた。番町の旗本藤枝外記とすぐに判った。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
怪しの者と見たら引ッ捕えろ。さなき者と見ても、一応は厳しく持物や素姓すじょうあらためろ。——この儀は、大事中の大事であるぞ。いそげ。念を入れて
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
兵馬は七兵衛の素姓すじょうをよく知らないのです。ただ自分の娘にしているお松のために尽す行きがかりで、自分に尽してくれるのだと、こう思っています。
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
よしんば長沢松平家であろうとも、御門が閉まっておらば素通り差支えない筈、ましてや貴殿ごとき素姓すじょうも知れぬ旅侍にかれこれ言わるる仔細ござらぬわッ。供先汚して不埒な奴じゃッ。
初めて疑いを晴らして次には、自分の素姓すじょうや、お千絵様と世阿弥よあみとの境遇も、つつまず二人の前へ語ることになった。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秀吉は農奴から起って関白に至ったということは、争うべからざる素姓すじょうと考えますが、家康とても必ずしも、生え抜きの城主大名とはいわれますまい。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
今ぞ初めてあかした直参旗本のその身分素姓すじょうに、二人はしたたかぎょッとなったらしく、二重の狼狽を見せると、それだけにまたこの恐るべき退屈男に堂々と乗り込まれては一大事と見えて
だいぶ前であるが、宗易の口から、こんど茶門の徒弟にゆるした男に、めずらしい素姓すじょうの者がおると聞いたのじゃ。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そういう場合に於ては、うじ素姓すじょうもわからない風来者を捕えて、人身御供にして置けば、人気をそらして、群集を煙に捲くこともできるというものである。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
早速ですが、そういうことなら先ず手前の素姓すじょうから申します。
この金の素姓すじょうも問わずに、手でもつけたら、それこそどんな災難が降ってくるかも知れない……と、まず筋向うの糊屋のりやの婆さん、妙に、シンミリと声を落して
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
マドロスは生国の知れぬ外国からの漂着者であり、兵部の娘は素姓すじょう正しいものですけれども、いささか精神に異常を呈し、肉体に不検束を持っている女であります。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その身元素姓すじょうを反問するまでもなく、その風采から、服装から、言語挙動のすべてが説明するように、誰もがはばかる堂上の貴公子のたぐいであって、それが多分、何かの仔細で
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それに幾多の人を殺して、このばばにもあだと狙われて、諸国を逃げ廻っている悪い素姓すじょうの浮浪人
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)